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2017年 02月 22日

明治の聖女 長南年恵について


2006年頃、丹波哲郎さんの著書で、長南年恵という人が紹介されていた。

飲食をせず、夏でも蚊に刺されず、瓶を霊水で満たし、死期を予言してそのとおりに死んだ、などの奇蹟現象を見せた聖女だった。

ドイツにも飲食をしない「テレーゼ・ノイマン」という聖女がいた。


「夏でも蚊に刺されなかった」というのは、自分でも実験できるので、やってみるとよいと思う。ハエなどの虫も寄ってこなくなる。

給料日にお金をもらったら、まだ1円も使わない状態で、最初の1割(10万円なら、最初の1万円が浄財の中の強い部分)を抜き出し保存。

そのお金でコンビニの「うまい棒(10円)」を買いながら、レジ横の募金箱に100円玉を寄付。

こうするとその後12時間だけ守護状態になり、藪に入っても蚊が刺さなくなる。

夜中に外で野宿する時も、この技が使える。蚊が1匹も寄ってこないから、すぐに分かる。

長南さんの場合は、そのようにしなくても蚊に刺されなかったということは、罪が少ない状態で生まれたのだと思う。前世でかなりの霊的修業を積んでいたため、もう今生が最後の生だったのだ。


長南さんは何度も疑いをかけられて法廷に呼び出されたが、ブラジルでも霊的治療師の「アリゴー」がやはり、ブラジル医師会に訴えられて、苦労していた。

アリゴーの場合、ジュセリーノ・クビチェック大統領の娘さんの難病を癒したことで、その後は文句を言う人がいなくなった。1日300人も癒されたら、そりゃ医師たちだって悲鳴を上げるだろう。アリゴーもやり過ぎだったかもしれない。

イエス・キリストの場合もやはり、当時の既得権益者たちに疎まれて、磔にされた。盲目の人を癒したり、死んだ娘を生き返らせたりしたため、ユダヤ教会に、目の敵にされた。

サティア・サイババも、無料の病院、孤児院、学校などを運営していたため、現代の既得権益者に疎まれて、デマを撒かれた。

過去にキリスト教会がヒーラー(霊的治療師)を魔女扱いして「魔女狩り」したように、現代でもこうした悲劇は起こり得る。

イエスはかつて、「見なくても信じる者は幸いである」と言ったが、現代ではキリスト教会の神父ですら、物理科学的に証明されないと、「奇蹟」と認定しない。見ないと信じないのだ。

おそらくマルクスたちも、こうした神父たちを見て落胆したのだと思う。それで、「神も仏もない」となって、無神論の社会主義を作ったのだ。

祭祀職の方の霊力で病を癒してほしくとも、聖霊に満たされた聖人たちは断罪されたり、投獄されて、神殿の中に居ない。だから、マルクスたちの気持ちも分かる。証を求めても、彼らは得られなかったのだ。


サイババによると、「心」というものは本来存在せず、ただアートマン(神、超越意識)のみが存在するということだった。月が太陽の光を受けて輝くように、「心」はただ、アートマンの光輝を得て輝いているのだと。

したがって「無神論」は受容できないけれども、「無心論」なら納得できる。



参考資料

「丹波哲郎の霊界の書」 中央アート出版社
丹波哲郎 著

「月刊ムー」 学研

「錆びたナイフの奇蹟―心霊外科医アリゴー」 日本教文社
ジョン・G・フラー 著

「バガヴァン シュリ サティア・サイババとの対話」
J・S・ヒスロップ 著
牧野 元三 監訳
サティア サイ オーガニゼーション ジャパン刊

「新世界訳 聖書」 ものみの塔


長南年恵 ウィキペディア


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# by saiyans | 2017-02-22 01:50 | 人間の霊性についての考察
2017年 02月 19日

先祖供養と運の関係


漫画「MAJOR」の主人公 茂野吾郎は、思い悩んだ時や結果報告の時、記念日や祝日、それに多分、朝晩20キロのロードワーク時・・・ということは毎日、墓前に参拝していた。

墓石のサイズはベストの150センチ(?)であり、これも運の強さを物語っている。

何故ベストか?墓石に水を灌ぐ際に、潅ぎ易いからだ。

イチローも通常より細いバットを使う理由を、「確実に当てたいから、細いバットなんです」と言っていたが、これも墓石に水をかけ易いことと原理は似ている。

インドでは、石で出来た神像に水を灌ぐ儀式を「アビシェカム」または「アビシェーカ」と言うが、これも水を浴びせるからアビシェーカか?と思えるほどツボにハマっている。

シヴァ神は「破壊神」と呼ばれるが、これも墓石(ハカイシ)から来ているのか?とか・・・。
実際にシヴァは墓地を住処にしていると言われるから、ほんとかもしれない。

私の家は代々柴犬を飼っていたのだが、これも縁だと思う。それに何故か学生時代に助けてくれた友人は柴君という男子で、飼っていた猫はヒマラヤン。どうみてもインドとの縁が深いのだ。

イチローのお父さんは浄土宗系の中学・高校で学んだそうだから、子供たちも阿弥陀仏について聞かされて育っただろう。全ては神仏の計らいの内にあるという意味の「わが力にはなかりけり」も教わっていたはずだ。

イチローが記録達成しても、地に足が着いている理由として、信仰の力が根底にあるというのが私の読みで、これは多分そうだと思う。因みにゴジラ松井の父も、まともな新興宗教の教主だ。

ウチは近くに先祖の墓地があって、たまに水をかけに行くのだが、墓石が運よく150センチなので助かっている。お世話になった親戚の墓石は2メートル以上もあるので、すごく水をかけずらい。やはり墓石は小さいほど良い。


米長邦雄さんの著書によると、弟子である伊藤能六段は奨励会三段の時に、中々プロに上がれなくて苦しんでいたが、米長さんのアドバイスで父親の墓参りに行ったら昇段でき、同時に嫁さんもゲットできたそうだ。

また、ある小学生たちが中学受験の時に、試験に臨み、「駆けつけたお母さんにみんな、『これまでどうもありがとうございました』と言いましょう」と先生がアドバイスして実行したら、その時お母さんたちは全員泣いたそうだが、ギリギリ受かるかどうか、というお子さんも含め、結果は全員合格したという。

このことから、「先祖供養は欠かさずやるべし」、「親孝行はするべし」という教訓が得られる。好結果は、決して偶然ではないのだ。

神が定めたダルマ(道徳、義務、法)として、「両親を敬うこと」、「先生や目上の人を敬うこと」というのは、地上生活の“永遠の法”として、「モーセの十戒」の如く規定されているため、これに従う者は常に幸運が付き従うのだ。


また、囲碁棋士の依田紀基九段も「親孝行すると勝てる」と仲間に教えているそうだが、自身が名人を獲った時に、しみじみ実感したと思われる。おそらく米長さんの著書を手に取って読んでいたのではなかろうか?


「祭祀と施しと苦行の行為は捨てるべきではない。それは行われるべきである。賢者たちにとって、祭祀と施しと苦行は浄化するものである。」と神の化身クリシュナは述べているが、発展する人の陰には「施し」の要素が欠かせない。谷川浩司さんも災害時に多額の寄付をしているが、こうした善行が運を上げるのだ。

現在が「過去の行為の結果生じている」というなら、過去世や今生の過去から「現在」が形成されているはずだが、たまたま数年前に良いことをしていて、それを刈り取る時期が今日現在に来ていたら、その日に良い事が起こることになり、逆に負の行為をしていたら不幸が起こることになる。その日はマイナス寄りに運命が傾いているわけだ。

こういう場合はその日になんらかの善行(祭祀、施し、苦行のいずれか)、つまりプラスの行為をすれば、ニュートラル位置かプラス側に運命が傾くので安泰ということになる。


今回将棋界を襲った危機は、不思議と言えば不思議なことの連続だった。

「渡辺明さんが三浦弘行さんの行動に疑念を持った」のも「谷川浩司さんや島朗さんが渡辺さんの意見を、なんの検証もなしにあっさり受容した」のも、「プロ棋士たちが沈黙していた」のも不思議だった。


やはり江戸期の棋士たちや昭和期、現在までの、先達たちに対する供養も忘れないようにしないとだめだ。棋士も将棋ファンも。でないとまた今回のような、棋士の中に生じる「迷い」のようなものが、一時のものでなく、「強い疑い」として顕在化してしまう。


諸々の厄難を回避するためには、日本の伝統に回帰しないとベストとは言えない。霊的伝統である「信仰」に立ち返る必要があるのだ。

多分、久保利明さんが護摩供養でお世話になったという、力のある僧侶の方に「厄払い」をお願いするのが最善だと思う。



参考資料

「バガヴァッド・ギーター」 岩波文庫
上村 勝彦 著

『イチロー物語』 毎日新聞
佐藤健 著

「真宗聖典」 東本願寺出版部

「プロ棋士の思考術」 PHP新書
依田紀基 著

「幸せになる教育― 子どもも親も先生も校長も」 海竜社
米長邦雄 著

「運を育てる」 クレスト社
米長邦雄 著

「将棋世界」 日本将棋連盟

「MAJOR」 少年サンデー・コミックス 小学館
満田拓也 著


参考にさせていただいたサイト

松井昌雄 ウィキペディア

なぜイチローは細いバットを使うのか?


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# by saiyans | 2017-02-19 13:20 | 日常
2017年 02月 14日

「ブクログ」で読書感想文を書こう!


私はテレビとラジオをやらないので、夜が暇で退屈だったのだが、「ブクログ」を見つけたことで喜びを見出した。



まだ11個ぐらいしか書き込んでいないが、書くだけで面白い。

この世には何度読んでも飽きない本が存在するが、私にとってのそれは青山圭秀さんの「理性のゆらぎ」であり、「アガスティアの葉」であり、「サンカルパ」であり、「愛と復讐の大地」なのだ。

これらの書物は、青山さんが実際にインドまで行って、サイババに「With Love BABA」とサインしてもらった特別の書物であるため、甚深の価値を持っている。

通常、正しい流通経路に乗ってこれらの本が書店に並び、浄財によって私たちが入手した場合、青山さんの所有する自著の原典と等価の価値を有する物を手にしたことになる。つまり、読むだけで功徳になるのだ。

青山さんの本には、要所々々でサイババの言葉が挿入されているのだが、これらの言葉はもちろん、アガスティアの葉自体が聖典であるため、読むことで功徳になる。

宝石も浄財で買わないと「呪いの石」に変わるが、これは聖典や身の周りの物ほか、あらゆる事象に及ぶ。
ローンで買うと、完済するまで自分の物にならなかったりなど、微妙な法則にこの世は支配されている。


次は江本勝さんの本を読書レビューするのだが、江本さんはwikiの内容が諸外国のものに比べて淡泊なので、ここはちゃんと書いておきたいところだ。

なんか「トンデモ本」などと言われているのだが、宝石を使って自分で実験してみて、「水は情報を記憶する」とか、本当だと分かったし、音叉を用いた、音の共鳴効果の説明も、一々納得できる。目に見えない現象を巧く説明するにはもってこいだと思うのだ。

例えば保木邦仁さんが「渡辺竜王 vs ボナンザ」のテレビ番組で「電子励起状態」という言葉を口にしていたのだが、これも音階のオクターブ・UPが、そのまま音の励起状態に当たるな、とか納得できる。

音の周波数UPと同様の効果が、水に刻印された宝石のエネルギーでも起こるのだ。

ただ、宝石と水(液体)の組み合わせは、何も知らない状態でやると危険なので、ケビン・ライアーソンのチャネリング情報を熟読した人がやるべきだ。私は何も知らずにやって大失敗した経験がある。



参考文献

「アガスティアの葉とサイババの奇蹟」 徳間書店
深野幸一 著

「バイブレーショナル・メディスン」 日本教文社
リチャード・ガーバー 著

映像資料

NHK衛星第2テレビ『運命の一手 渡辺竜王 VS 人工知能ボナンザ』 2007年放送


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# by saiyans | 2017-02-14 02:38 | 日常
2017年 02月 06日

精神安定剤としての詰将棋


昔、高橋 和さんの「女流棋士」という本を立ち読みしていて、詰将棋の医療効果を確信したことがある。

その頃の高橋さんは、少し美人だというだけで、周りにチヤホヤされて、そのことに不満があったようなのだが、自分だけモテモテ光線が降り注がれ、仲間に対して申し訳なく思っていたようなのだ。

それで確か、ある将棋イベントで、仲間が無視されて自分の方に人気が来てしまったことがトラウマとなり、気分が悪くなってしまって、その後遺症に苦しんだ時期があったらしい。

その時に高橋さんを救ったのが「詰将棋」だった。おそらく「詰将棋パラダイス」を購読していたと思われる。

詰将棋を解いている時だけは現実を忘れられたようだが、この感覚は理解できる。私も不安定な心が、本将棋を指している時と詰将棋を解いている時に、停止し易いのを体験してきたから。

私は、「心」というものは「頭」に存在していて、欲望をエネルギーにして動いているイメージがあるのだが、この厄介な「心」が離欲によって、つまり、欲望をゼロにすることでコントロールされるというのが、聖典「バガヴァッド・ギーター」に書かれているのだ。

では将棋を指している時は、欲望がゼロになっているか?これはただ単に、心は一時的な麻痺状態になっているのであり、欲望自体は潜勢力として潜在している。

五感の対象に向かう時に、心は束縛されるということは、物質的対象を思い続ける限り、本然の自己(アートマン)は解放されない。

ではビルゲイツはお金持ちだから、何でも買えて、欲望の一切を満たし終えることができるか?

多分無理だと思うのだ。心というのは底抜けで、幾ら手に入れても、少しの間は満足できても、また次、次と欲望の対象を追い求め続ける。


詰将棋が本将棋よりもすごいのは、王様という一者に照準を合わせて、それのみを求めて突き進むところだ。こういうところは本将棋の二元論的世界観に対して、一元論的で、解脱一歩前の人間の心を表しているように思える。

野球選手の井川慶さんが登板前に詰将棋を解いていると知った時も、やはり心を安定させる効果があるのだなと推測できた。

私の場合は大体、10分くらい詰将棋に集中した時に、心が定位置というか、ニュートラルに戻るようだ。例えばマイナス方向に30%くらい傾いている時には、その30%分くらいをバランスさせるだけ解けば、真ん中に戻って安定する。心を麻痺させるというより、秩序性や規則性を取り戻すような感じ。マイナスの鬱状態の反対、プラスの躁状態でも同じで、興奮し過ぎている時には、詰将棋で安定させる。

また、長手数になればなるほど、アルコール度数が上がっていき、心がより停止し易くなる。私は詰将棋が苦手なので、単手数でも酔える。「解きたい」という欲求は無くて、ただ単に心の停止薬として用いる。


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中田章道さんの五手詰。

私は中田さんの詰将棋にいつも救われているのだが、出版された詰将棋集は漢字のフォントが明朝体であれば完璧だった。再販する時はぜひ明朝体でお願いします。




参考文献

「女流棋士」 講談社
高橋 和 著

「将棋世界」 日本将棋連盟

将棋世界掲載の五手詰問題
中田 章道 著

「バガヴァッド・ギーター」 岩波文庫
上村 勝彦 著

「バガヴァン シュリ サティア サイババとの対話」
J・S・ヒスロップ 著
牧野 元三 監訳
サティア サイ オーガニゼーション ジャパン刊


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# by saiyans | 2017-02-06 00:04 | 将棋
2017年 02月 02日

谷川俊昭さんの心情について


三浦弘行さんの潔白が証明されたことで、義憤に駆られた将棋ファンたちから、渡辺明さんの適正な処分を求める署名活動が起きている。

渡辺さん側の言い分も、この件が起きた当時点まで遡ると、「ズルをされた」と義憤に駆られたことが、問題の発端になっている。

将棋ファンの署名活動も、ズルを証明できないのにズルしたと決めつけたことに怒りの矛先が向けられているので、正義の所在が対局をしていた当事者の感覚か、それを聞いたファンの感覚かの違いだけで、どちらも正義感に駆られて起こした行動であるのは間違いない。

渡辺さんも竜王戦の対局に集中できていたこと自体が、自分の感覚に間違いはないと確信していた証拠だ。

しかし、結果として三浦さんの無実が証明された以上、なんらかの行動を起こさないといけない。


まず、竜王戦主催者である読売新聞社に、獲得賞金の全額を返納する。

将棋ファンあっての将棋連盟である以上、やはりここはファンが納得する形の償いが相応しいと思う。

正当な対局者を欠いた形でのタイトル戦は、全局を通じて、本来のタイトル戦の理想を体現できていなかったことになるのと、そのようにして得た賞金は浄財とは呼べず、却って呪いになるからだ。

名誉と賞金を秤にかけても、世のそしりを受け続けるよりは、早期に名誉回復をはかる方が遥かに良い。家名を汚すことも罪になると、インドでは一般に言われているから。

将棋界の厳しさとして、不戦敗したら罰金百万円というのがあるそうだが、今回の件に関わったとされる棋士についても、数ヵ月間は給料を減額するなどの処遇が必要になると思う。不道徳性は運を落とすから、これは本人のためでもある。早めに罪を返済して、運を盛り返した方が吉だ。


谷川俊昭さんは谷川家の長兄として、弟の谷川会長に今回の件を問い質したと思うが、会長の返答に対して納得できなかったのと、将棋界内での、内輪だけの合意決定に不満があって、署名活動に出たのだろう。

タイトルホルダーともなると、将棋の強さ以外にも、品格まで要求されるようになるのだが、これが今回の渡辺さんには感じられなかったのだと思う。渡辺さん自身の内面の動き、内実は正義感に基づいた行動でも、端から見ると傲岸不遜に見えてしまうのだ。

おそらく俊昭さんは会長に、「辞任して責任を取りなさい」とアドバイスしたと思うが、渡辺さんについては直接の面識がないために、何も言うことができず、仕方なく署名を集めるという形で賛同者を募り、連盟に是非を問うことにしたのだ。


渡辺さんとしては今が辛い時期だと思うが、その後悔が大きければ大きいほど、自分のためにはいいのだ。素晴らしい力というものはいつでも、大きな苦痛という前ぶれがあるものなのだ。

今回の件も、「いい勉強さ」ぐらいに達観していれば、災い転じて福となるはずだ。



参考文献

「サンカルパ」 三五館
青山圭秀 著

「ドンファン・シリーズ」 二見書房
カルロス カスタネダ 著
真崎 義博 翻訳

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「米長邦雄の家」
コラム「将棋の話」

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# by saiyans | 2017-02-02 22:05 | 将棋