ラーマの日記

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2013年 08月 06日

退屈しない人生を歩む上で必要な条件とは?


無限の変化に富む世界に生きること。これが一生退屈しない人生を歩む上で必要な条件かもしれない。学校の先生も毎年同じ問題では教え甲斐がないから、前年とは違う問題に取り組むだろう。

人間の人生自体も一つの刑期のようなものらしいから、あらゆる仕事場・場所は、その一つ一つが牢獄に例えられるかもしれない。小学校は6年の刑期で、中高は3年ずつ、大学は4年とか。

今、網走刑務所などで刑期を過ごしている人たちは、刑務所内で人の役に立つ仕事をして償ったり、強い束縛を経験することで罪を償って出所する。多分私たちも場所こそ違えど、同じだ。変化がある程度許された場所に戻るためには、束縛の中で、その中でできることで、人様のお役に立ち、刑期を早く終えられるようにがんばるしかない。

鬼束ちひろさんが「地上に落とされた」と歌っていたが、あれはリアルなものだ。意識レベルというのは周波数の違いだから、天国的な波長に戻るまで、プラスの行為を行って待つのだ。成長期には毎日食べたり飲んだりすることで、朝目覚めると勝手に肉体が成長していたが、本来は周波数も毎日善行を積むことで勝手に上がっていくのかもしれない。

サイババは、「教育に関するサティア・サイババのメッセージ」という本の中で「苗木はまっすぐに手を加えることができる。しかし、いったん成木になってからは、その生育を矯正することはできない」と述べていた。日本では本やゲーム、インターネットや様々なメディアで、良いものも悪いものもゴッチャにして与えているが、これはまず、最悪の結果になると思う。一定の規制を設けないと、子供は感覚をやられる。早期に潰れてしまうだろう。

中国では現在、ネットに依存する若者が多く、社会問題化しているが、これはネットの第一世代であるがゆえに直面する、負の教訓なのだろう。テレビ世代はテレビの有毒性が分かるだろうから、必要なだけ観るに留め、子供たちの感覚を守るべきだろう。サイババや古代中国の老子も言っているが、16歳~30歳まではとても大切な時期だから、なるべく強い感覚的刺激から子供たちの目や耳を守り、助けてあげるべきだ。成木になってからは、その性質を矯正することはできない。彼らが大人になった時に、健やかな心を楽しむか、精神病に陥るかは、保護者の監督にかかっている。

しかし、それにしても何故、神は人間に人生の最初の段階で戒律を授けないのだろう?生まれた時からしばらくの間は、人間は純粋なのは間違いない。サイババは「人間の心は、生まれた時には白紙である。思考と行動が始まった時、心は汚れ始めるのだ」と言っていたが、それでは思考と行動が純粋な赤子が、何故それぞれ不平等な星のもとに生まれるのか?サイババは、過去世の行為がそれぞれに違うからだと説く。今生で目の見えない人は、前世で他者の目を見えなくさせたりしているという。では、美しい人は前世で愛情に溢れた人生を歩んだとか、必ず理由があるのだろうか?

アメリカのチャネラー、エドガー・ケーシーも、手のモデルをしている女性が相談にやって来た時に、「彼女は前世で人が嫌がる仕事を進んでやっていた」と話したという。人間が生まれる時に前世を忘れているのは神の愛情で、前世の続きで混濁した心のまま、一から人生を始めるのは酷だとして、神は記憶を忘却させるそうだ。サイババは、「人間は過去世の教養を引き継いで生まれる」と言っていた。幾多の過去世で得た教養があるから、人間は一人一人、個性が違うのだ。

前世で勉強をがんばった人は、勉強に於いて他者よりもアドバンテージがあるから、神童などと呼ばれるのだ。今生で手先が器用な者はやはり、前世で手先を練磨した可能性がある。野球選手のイチローなども、幼少期から何も努力しなくても野球が巧かったそうだから、彼の存在自体も、人間は生まれ変わるという有力な論拠になると思う。

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by saiyans | 2013-08-06 20:45 | 日常


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