ラーマの日記

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2013年 08月 25日

カルマの法則について


私はニュートラル・タイプ(間の人、人間)というより、借金超過タイプ(地獄から上がってきたタイプ)なので、カルマの法則を観測し易い。

これで福徳が超過タイプの人は余裕があるので、法則が働いて引き落とされていても気付かないだろう。その人個人の福分が滅尽するまで・・・。彼らのようなタイプは、例え罪を犯しても、前世の福分が罪障の返済に充てられて消える。個々の罪の返済量は、犯した罪の質と量に応じて違う。福徳超過タイプはヒンドゥー教のヴェーダ、キリスト教の聖書、イスラム教のコーラン、仏教のマハー・ヤーナ(大乗仏教)の教えなど、あらゆる宗教書を読了し、良いと思われることは何でも前世でやってきている可能性が高い。

善行のカウントも霊的次元にあって目に見えないので、残高は減らされていても、あまり気が付かないと思うが・・・。

借金超過タイプも少しくらい良い事をしてもニュートラルに届かないので、幸福を感じずらい。

私が体験する良き事というのは、一般の人のニュートラル状態に過ぎないだろう。

人の幸福を外面的、内面的幸福の2つに分けると、私は外面的、物質的幸福は普通レベルだと思うが、内面的幸福は一般人に及ばない。内面的な負のカルマの方が重いからだろう。

思考行為、言語行為、身体行為の三業では、思いのカルマは瞑想やナーマ・スマラナ(神の御姿の憶念)で滅尽させ、口業はジャパ(神の名を唱える修行)で、身体のカルマは街の掃除などのカルマ・ヨーガで滅尽させる。

人が最も悩むのが内面性の問題だと思うので、最終的には瞑想に行くことになるはず。私はラジャス(激性)とタマス(鈍性)が混じった気質なのと、獅子座で太陽気質(エゴイスティック)なので、人をよく攻撃するタイプだと思う。

サイババがジャパを勧めるのも、カリユガ(道徳の退廃期)の現代は、思いが清らかな人は少ないため、仕方なくジャパを勧めているのだろう。実際、最初の時代(クリタ・ユガ)では瞑想が人々の間で日常化していたそうだから、感覚的に意識を汚すものが無かったのだ。日本のエロ産業や暴力的映像表現が放置されているのも、カリユガの特徴の1つだと思う。

私は青山圭秀さんの「理性のゆらぎ」を読むまで、特に信仰心があるわけでもなく、心はあっちへ、こっちへとさ迷っていた。ここ何日か、久しぶりに青山さんの処女作「理性のゆらぎ」と第二作「アガスティアの葉」を読んでいるが、やはり名著だと思う。

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「理性のゆらぎ」に出てくる挿話に、青山さんが研究室の関連施設で体験したという、A型の患者にB型の血液を輸血してしまった話が出てくる。この時、知らせを聞いた教授は、全て正直に家族に話し、嘘は言うなと医局員に指示し、自らは辞任を決意したそうだが、なんと、この患者は特に何らの重篤な症状を呈することなく、拒絶反応を示すはずの時期をやり過ごしたというのだ。

「医師たちは、もちろん何度も患者の血液型と輸血されたものとを比較し、首をかしげた。(かなりの期間、患者の血液型は、本来のA型ではなく、輸血されたB型を示した!)誰も、これを医学的に説明できる者はいなかったが、現実に患者は元気になった。」

「だが、私個人について言えば、さらに別の意味のあるものだったと言わざるを得ない。私はその後、この教授に非常にお世話になり、そのお蔭で現在の私があるからである。私が、医学部出身でないのに、この世界で生きてこれたのも、早い話が、インドに長期で行くことができたのも、この教授の計らいによる。もしこの時、そのまま患者が亡くなっていたら(医学的にはそうなるはずだったのだが)、私がインドに行くこともなかった。そして当然、読者が今この本を読んでいることもなかったはずである」

青山さんのアガスティアの予言には、「サイババは、彼(青山さん)が何処に行こうと、何をしようと、守護神となって守る」と書かれているが、青山さんは過去世で沢山の善行を積んでいたから、当然の恩寵としてサイババの祝福があるのだ。この、血液の取り違え事件などはその最たるもので、普通なら即死するような取り違えが起きても、神の力をもってすれば回避させることができるという、見本のような出来事だった。

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私も以前、サイババの慈善団体に寄付した時に、不思議な体験をした。その日私は郵便局で寄付した後、岩波文庫の法華経全3巻をゲットしようと思い、長い距離を歩いて苦行に充て、本屋を目指していた。何とか底本が純粋と思われる古い1巻と2巻をゲットできたが、3巻は更に遠くの本屋に行かなければ手に入らないので、とぼとぼと歩いていた。私がその本屋の角にさしかかったその時、丁度店主が車に乗ってやって来て、はちあわせた。

店主によると、今日は店は休みなのだが、忘れ物をしたので、たまたま取りに来たのだという。それで法華経の第3巻を手に入れ、全巻を揃えることができた。2005年の2月28日だったが、この法華経の威力は物凄かった。残念ながら、その後、祖母にこの全3巻を売ったところ、前のような力を失ってしまった。(今は借りながら読んでいる)以前は全ページに亘り、物凄い力を確認できたのに、現在は「序品第一」とか「法師品」だけしか力を発揮しなくなった。経典の類は売ったりしちゃいかんなと思った。



参考資料

「バガヴァン シュリ サティア サイババとの対話」 サティア サイ オーガニゼーション ジャパン刊
J・S・ヒスロップ 著 牧野 元三 監訳

「理性のゆらぎ」 三五館
青山圭秀 著

「アガスティアの葉」 三五館
青山圭秀 著

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by saiyans | 2013-08-25 23:27 | 人間の霊性についての考察


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