ラーマの日記

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カテゴリ:病気の治療方法( 9 )


2017年 09月 16日

「鬱病」は「土星射病」だと確信した


映画版「銀河鉄道999」で、惑星タイタンに停車した途端、メーテルが山賊にさらわれたが、鉄郎はそこで、「トチ朗」という青年の母親に出会う。

その人の家をあとにしようとした時、お母さんがくれたのが「トチ朗」の「ハット(帽子)」と「戦士の銃」だった。特に「帽子」は、 「土星射病にやられるといけないから」と言われて渡されたのだった。


今回、ラーフが第12室に移動して分かったのは、「ラーフ自体は鬱症状に直接の影響を与えていない」ということ。気分の変化が無いのだ。

その逆に、土星が第4室・蠍座に移動した時は、ハッキリとしたネガティブ思考の増大が観察されたので、「土星射病」という言葉はリアルだ。


次は「土星のプージャ」をアマチの団体にお願いしよう。一惑星3.500円というのは有難い。庶民でも手が出せるから。「衆生救済」という大乗仏教の理想は、アマチという本当の聖者の指導の下に行われるのが相応しい。

私はアマチのことを、肉体は女性でも、中身は無双のパラマートマ(至高霊)であるサイババだと思っているので、サイババには恩を感じる。

クリシュナと一体化した以上、名と姿は一インド人女性でも、中身は完全にサイババそのものだ。同時代に生まれ合わせた幸運は、ブッダやイエスと同時代を生きた者たちと同じものなのだ。



参考資料

「銀河鉄道999」 東映ビデオ

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by saiyans | 2017-09-16 04:06 | 病気の治療方法
2015年 05月 19日

東洋医学と西洋医学について


中医学(中国医学)では、体内を網の目のように縦横に走る経絡系を想定する。経絡とは、「気の流れる道」のことで、通常の肉眼では見えないエネルギー輸送路のことを指す。

「気の科学」は、人間のエネルギー体を霊視できた古代中国の賢人が、黄帝内経(こうていだいけい)という医学書に纏め上げて、後継者たちに伝え残したものだ。

皮膚表面の「経穴」というポイントに針を刺し、体外の宇宙エネルギーを人体内に供給し直す作業が針治療と呼ばれる。因みに手足の爪の角にある経穴は井穴(しょうけつ)と言うそうだ。

手の親指の井穴は肺経と連絡しており、人差し指(の井穴)は大腸経、中指は心包経、薬指は三焦経、小指は心経(心臓と小腸に繋がる経絡)と連絡している。

心包経は脳と連絡しているようだった。三焦経とは、胸の部分にある上焦、腹の真ん中の中焦、下腹部にある下焦の三つで、肉眼では見えない霊的エネルギーの燃焼器官なのだそうだ。

右足の親指の井穴は肝経(左足の親指は脾経)、次の指は胃経、中指も同じで胃の支脈、薬指は胆嚢の胆経、小指は腎臓と膀胱に繋がる腎経。

各経絡には内臓の頭文字が当てられていることからも分かるように、経穴は経絡を介して内臓諸器官と結ばれている。これが西洋医学の場合だと、「肉体の各『パーツ』は、それぞれ独立して存在する物」という機械論的な定義になるため、メスを使った手術や、縫合などは不可避のものとなる。

神経系や循環器系(血流)は肉眼で見れるため、西洋医たちも何の疑いも持たないのだが、経絡系は肉眼で見れず、たとえ見れたとしても治療効果が観察できるだけなので、受け入れるのが難しいかもしれない。数学で言えば、問題(病気)と答え(治療効果)は分かっているけれど、中間の過程式(プロセス)が見えないために証明できない。証拠不十分だから信じることはできない、という感じだろうか?

腎経は泌尿器系なので、たとえばトイレが近い人はこの腎経に針を打ってもらうと、オシッコが我慢できるようになる。気のエネルギーが充填されるからだ。針治療の難しいところは、金目当ての治療家では使い物にならないところ。気のエネルギーとは、神の霊的エネルギーであるため、医学の本道から外れると全く効果が無いのだ。そのため、針治療家に掛かる時には、代金が適切かどうかを調べて、その治療家が高潔な人格かどうかを吟味する必要がある。

本来、教師と医師は聖職だから、市場原理などを追及すべきではないのだ。教育機関は子供たちの幸せだけを願う人々で構成されているべきだし、医療機関も、民の健康と幸せだけを願う人々で構成されていなければならない。

この点、以前の社会主義下の中国では医療費が無料だったそうだから、針治療には最適な環境だったと言えるが、市場原理を導入して金銭的利益を追及しだしたあたりから狂い始めた。中国の市井の人たちは、医学については普段さほど考えないかもしれないから、金目当ての一部の医師たちに騙されてしまうのだ。

医師と言われる者の報酬を世界的に比較してみると、アメリカは最悪だと分かる。心臓の手術に日本円で数千万円とか、ベラボーなことを言っている。こと医療については、日本に生まれたことを神に感謝しないといけない。まあ、アメリカもオバマがこれから正しい方向に是正するだろうから、何も問題無くなるのだろうが。



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by saiyans | 2015-05-19 22:41 | 病気の治療方法
2014年 06月 28日

普段の病院利用を減らすには?


祖母がNHKを見ていたので、私も横でチラッと見たら、2025年に国の医療費負担が限界点を迎えると言っていた。

人間は自分の体のメンテナンス・マニュアル(取扱い説明書)を持って生まれて来ないので、生後は医者という専門家の世話にならざるを得ない・・・が、自分で簡易医療を身に付けられれば、結果的に治療費も軽減でき、国家の負担を減らすことに繋がる。

医師と看護婦は医療に於けるプロフェッショナル集団だから、彼らのいる病院に行けば、病は完治すると思われているが、中には「もう手遅れです」と宣告されることもあるはずだ。

このように早々に見切られてしまうのは、日本というか、世界の医師の大半は、機械論を元にした西洋医学的パラダイムを未だに信奉しているからだ。機械論とは、人間の体を機械的に考えて、言わば内蔵諸器官の1つ1つを部品として取り扱うやり方だ。

しかし、人間の体は根底で密接に連携しており、部品交換のようにはパッと換えられないのが本当だ。

何故、このような見方が主流になったかというと、西洋の医学や、医師、看護婦などの源流は、キリスト教の奉仕活動が元になっていたのだが、そのキリスト教が一部の神父たちにより腐敗し、それを見た民間人たちが次第に影響され、腐敗していったのが発端だと思う。

アメリカはキリスト教国家だから、主イエスの教えに従って隣人を愛するかと言えばそんなことはなく、オバマが医療制度改革に着手しようものなら、既得権益層が反対キャンペーンを展開したりする。改革によって国民皆保険を実現しようにも、全体の理解が得られず、集合的合意が形成されなかったりする。個人主義の、間違った受け入れがそこにある。

富裕層たちは「自分たちが貧者の治療費まで支払うのはオカシイ。よって私たちはオバマの政策に反対する」という立場だろう。そのようにして、聖書に手を置いて国民の安寧を誓った自分たちの代表に反逆するのだ。イエスの教えに従い隣人を愛すと誓ったオバマは、その誓約どおりに自らの務めを遂行しようとしているだけだ。同じキリスト教徒(クリスチャン)なら、オバマに賛同するはずなのだ。

ここに新興宗教が生まれ出る理由がある。既存の宗教が本来の使命を遂行してくれないのなら、自分たちでやってしまおうというわけだ。逆に言えば、宗教者たちがちゃんと社会奉仕をしてくれていれば新興宗教は生まれない。サイババがインドに化身して来たのだって、インド国内の上首にあたる人たちが、古の聖賢たちによって齎された神の教え(ヴェーダ)を顧みなくなったことが原因だと思う。腐敗したから、本来の教えを再興するためにサイが来たのだ。サイババは学校教育も、病院も、職業訓練所も、孤児院も、無償で運営していたから、これが全世界の宗教者、為政者たちへのメッセージになっていたと思う。

もし神父などの宗教者たちが率先して貧者たちを救済し、国民に道を示していたなら、現在のような個人主義はアメリカに根づかなかっただろう。手術費用を数千万円($)も要求するようなモンスター・ドクターは生まれなかったはずだ。

本来、「僧侶、医師、教師」は聖職であるため、市場原理などに晒されてはいけないものなのだ。

サイババが言っていたが、「教育、水、薬からお金を取る国は、その国の尊厳を失う」とのことだった。

2000年頃にサイババを糾弾するテレビ番組が放送されたが、あれはこういった崇高な理念で営まれているサイババの奉仕団体を疎ましく思う既得権益層が仕組んだものだと思う。多国籍企業の製薬会社などは薬で儲けているから、サイババの教えが拡まったらマズイのだ。

腐敗の構造を分析してみると、まず宗教者が最初に金権腐敗する。次に彼らに従属する、公権力を持つ政治家が腐敗する。当然彼らに従属する立場の軍隊も腐敗する。すると国民を先導する立場の者たちがやっているのだからと、民間の企業経営者などが腐敗する。このように順次下に降りてくるのだ。

これは日本に於いても実状は全く同じだ。仏教か、キリスト教かの違いだけで、構造的には似ている。日本の場合だって、もし宗教関係者が本来の使命を遂行してくれていれば、将来の医療費負担額など心配いらないのだ。宗教者は隣人を愛するのが仕事だからだ。

「仏教」というのは「ブッダの教え」という意味だが、僧侶は当然その教えに帰依しているかと言えば、そんなこともなく、おそらく実践しているのは全ての僧侶の内の三割ほどだと思う。かつてブッダが危惧した、法の衰える時代、末法に私たちは生きているからだ。


イエスの教えが「隣人を愛せよ」なら、ブッダは生命に対する慈悲を説いたから、それを信奉する僧団は当然、開祖と同じ道を歩まねばならない。

現代の宗教者たちが一気に博愛集団に変貌を遂げる可能性は低いので、まずは自分でできる医療態勢を整える必要がある。

☆:個人で整える必要がある医療態勢。

●パソコンの壁紙(デスクトップ)を水の結晶写真に変える。人間が水の結晶写真を見ると、水の周波数も同時に変化する。見てから17分後に水が甘くなり、半日ほど効果が持続する。

●中医学(中国医学)の経穴と経絡系を理解するために、学研の「東洋医学の本」を購入しておく。

●江本勝さんの本「水の結晶シリーズ」いずれか1冊を通読してから宝石エリクシル(後述)を飲むと効果的。本はブックオフで108円で買える。

エリクシルの体内作用機序は、中医学に於ける経絡系のエネルギー伝導と同じだ。人種が違っても、洋の東西を問わず、人体内部のエネルギー輸送網自体は同じだから。

エリクシルは飲むと17分後に効き始め、12時間ほどで一次効果が現われる。更に4日かけて二次効果が現われて定常化する。これは自分で反復実験して確かめたので間違いない。おそらく体質による差は無いはず。

手足の5指にはそれぞれ、内蔵と繋がる経絡(気の流れる道)があり、指の先端部、爪の角部分に経穴(気の入り口)がある。なお、皮膚表面に点在する経穴はそのまま「経穴」と言うのだが、指先だけは「井穴」(せいけつ)と言うそうだ。

「AMI」という、経穴の電圧を測るシステムで経穴電圧を測ると、ほかの皮膚表面に比べ、経穴部分だけは電圧が低くなっていたそうだ。これは開発者の本山博士がアメリカ人被験者5千人を対象に実験を行い、実証データを得ている。

手の親指の井穴は肺に繋がっているため、肺に異常があると「肺経」の電圧が下がっているか、過剰気味になっているはずだ。人差し指の井穴は「大腸経」、中指は脳(心包経)、薬指は「三焦経」、小指は心臓と小腸に繋がっている「心経」。

右足の親指の井穴は肝臓に繋がる「肝経」。左足の親指は脾臓に繋がる「脾経」。次の指は「胃経」。その隣は同じ「胃経」の枝脈、次は胆嚢の「胆経」。小指は腎臓と膀胱に繋がる「腎経」。

左半身の経絡は右脳と繋がっていて、右半身の経絡は左脳と繋がっているそうだ。右半身に経絡が6本、左半身に6本で計12本。

例えば、下痢になり易い人は、手の「大腸経」にエネルギーを入れてやれば回復するはずだ。気のエネルギーが弱くなっているか、強過ぎるかで、下痢と便秘に分かれると思う。通常の便ならエネルギーが調和している。

手の薬指の「三焦経」は、上半身の胸から上の上焦、体の真ん中の中焦、下腹部の下焦があるそうだ。三焦というのは霊的燃焼器官なので、レントゲンでは観察できない。このため、西洋医学系の医師たちはこれを無視してしまう。 詳しくは中医学の聖典「黄帝内経」(こうていだいけい)を参照。

いつも小便が近い人は、足の小指の「腎経」にエネルギーを入れてやると、頻繁にトイレに行かずに済むようになる。泌尿器系のエネルギーの乱れは、腎経へのエネルギー入力で1発解消だ。

通常、経穴刺激には針治療の針を用いると思われているが、実は宝石のエネルギー(宝石エリクシル)でも代替可能だ。“針を用いない針治療”と言ってもいい。これはヨーガのアーサナ(体位、ポーズ)についても同じことが言える。それをすることで、人間のエネルギー体にプラーナ(気)が入ってくるから。


それ以外の宝石の利用法としては・・・

宝石を患部に当てる。心臓、胃、けだるい部位など。

宝石は人間が身に付けると、次第にパワーをその人間に合わせて弱めてくれるのだが、これは筋肉痛などを治療する際にはマイナスに作用する(弱過ぎて効かない)ので、逆にパワーを強めてから患部に当てるようにする。パワーアップするには、身体から外して2日ほど休ませればOK。もっと強いエネルギーが必用な場合は、更に休ませると良い。

それと、宝石の入手には細心の注意が要る。博打で儲けたお金などはいけない。正しい労働によって得たお金で購入すること。

宝石の力を弱めずに、そのままエリクシルを作ると、エネルギーが強過ぎて服用後に気が狂う(笑)ので、力を弱めてから作るようにする。宝石をビニールの小袋に入れて、2日ほど身に付けていると、その人に合った弱い振動数で振動し続けるようになるので、その弱めた状態の宝石を水に浸けて、その水を飲むようにする。

宝石エリクシルを作る時のコツは、エリクシルを作る前に、コンビニの募金箱に浄財の百円玉を1つ入れて犠牲供養をしてくると効果大。宝石の振動数が最適の状態でエリクシルが完成する。

給料袋をもらったら、まだ1円も手を付けていない給料の、最初の1割は醍醐(ダイゴ、最上)だから、寄付することで、神仏の恩寵を引き出せるのだ。ただし、犠牲供養の効果があるのは12時間だけ。この時間内にエリクシルを作らないと効果は無い。

宝石エリクシルの作り方だが、まず500mlの水を用意し、弱めた宝石を「割り箸」か「木のトング」で持って、0.5秒、水に浸ける。一瞬でいい。それを空腹時に飲む。エリクシルを作る際に、宝石を指で直接持つと効果が芳しくないというのは、「宝石エリクシル」と双璧を為す「フラワー・エッセンス」でも同様のようだ。

通常、人間の肉体は陰性の物で、宝石は陽性だからだろう。聖者の肉体に普通の人間が触れると、電気のようにエネルギーがプラスからマイナスに流れるそうだ。聖者は宝石同様、心の動きが無いので、無限にエネルギーをアートマン(超越意識)から引き出せる。


エリクシルを飲んだ後は、1時間ほど、普通の水を飲むのを控える。胃の中のエネルギー水が、普通の水と出会わないようにする。エリクシルのエネルギーが、胃から各エネルギー体に移動するまで待つ必要があるのだ。

宝石エリクシルを作る時は、お湯やジュース類は駄目。エネルギーが乱れる。水が最適。


エリクシルを飲む際には、金属製のコップは使わず、プラスチックか陶器かガラスのコップにエリクシルを注いで飲むようにする。

就寝前に飲むのがお勧め。エネルギーが安定して吸収されるから。日中に飲むと、体内でエネルギーを統合する仕組みが、緊張のために混乱していて、最適にならない気がする。

次の日に目覚めると、いつもより穏やかな精神状態を経験するはずだ。精神安定剤などは体を害すだろうが、エリクシルなら心配無用だ。


人間は各チャクラ(体の中心線上にある7つのエネルギー中枢)から常に、気のエネルギーを取り入れている。「偏見」や「疑い」などによる精神的ブロックでチャクラが詰まると、やがて人体の不調和として現われてくる。

チャクラの色は虹の7色と同じで、下から赤、橙、黄、緑、藍、群青、紫となる。それぞれのチャクラは人間の道徳性と関係している。人が病気になるのは、徳性の衰えが原因なのだと思う。

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↑私の場合は、「ブラック・オニキス」という宝石を使う。宝島社の「天然宝石50種類セット」は2100円くらいで買える。

病が深刻な場合は1日1回、毎日飲むのが望ましい。飲用を続けることで、数週間でネガティブな潜在意識が取れ、後ろに隠れている潜在意識が次に出てくる。これを繰り返すことで、身体部位の機能も自然治癒力で回復してくるはずだ。人間の潜在意識はタマネギの皮のような層状になっていて、過去のトラウマが奥の方にあるため、なかなか癒されない。表面から少しずつ剥がしていって、病根を断つしかない。

感情には48の層があり、その1つ1つを癒すことができれば、本来のウェルネス(心身の健康全開状態)に戻れるはずだ。

不思議だが、コップの上澄みにできたエネルギーの層が最上の周波数だったりする。下に行くほど弱くなり、何故か1番底の層も、上澄みの層ほどではないが、良いエネルギーが留まっていて効果的だった。


口からエリクシルを飲む以外では、手先、足先の井穴からエリクシルを入力するやり方もある。お勧めの宝石は橙色のシトリン(黄色水晶)。緊張の緩和には、これが1番だった。手先、足先の井穴から入れると、とてもリラックスできた。


用意する物は手足を浸ける桶。それに水を半分ほど入れて、希釈したエリクシルを一滴垂らし、手足を20分ほど浸ける。

希釈の仕方は、4リットルのペットボトル3本に水を入れて、事前に1秒浸けして作ったシトリンのエリクシルからストローで一滴取り、1本目のペットボトルに垂らす。次に、そのペットボトルから一滴取って2本目に垂らし、更に2本目から一滴取って3本目に垂らす。これで、計12リットルで希釈したことになる。最後に、水を入れたプラスチックのコップに3本目の一滴を入れて保存する。これで、このコップから毎回一滴取って繰り返し使える。

用が済んだ3本のエルクシル水は庭か水洗トイレに捨てる。

次の日に目覚めた時に心が軽いなら、それで成功。気分がツンツンするようなら、まだ強いので、更に希釈する。


手足の各経絡に入力されるエネルギーは、強さがどれも全て同じでないといけない。周波数A(エリクシルA)のエネルギーを各経絡に入れたら、次回は周波数B(エリクシルB)をというように、違う周波数のエネルギーを入れるようにして、交代で使うと効果的。

同じ周波数のエリクシルなど2度と作れないはずなので、簡単に2つ作れる。宝石を0.5秒浸けた水と1秒浸けた水を用意して希釈し、交代で使うとか。


※ 宝石は水に浸ける秒数によって強さ(周波数)が変化する。例えば2リットルの水に宝石を10秒浸けて完成させたエリクシルは、1リットルなら5秒で作れる。500mlなら2.5秒、250mlなら1.25秒と、水量と秒数の関係で効率的に作れる。しかし、太陽光に当てながら作ると強化されるので注意が必要。おそらく蛍光灯下の、家の中で作るエリクシルの数倍の強さになるので、お勧めしない。実際、私には強過ぎて、意味が無かった。



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by saiyans | 2014-06-28 15:55 | 病気の治療方法
2014年 06月 28日

アトピー性皮膚炎の緩和法


汗をかいたら、小さいタオルを水で濡らして絞り、これで体を拭くようにすると痒みが止まる。

さらに、絞り直したタオルを折り畳んで、小さいコンビニ袋に入れて携帯すると、とても助かること請け合いだ。この技を知っていると、いないとでは、天国と地獄くらいに心地良さが違うだろう。これにより四季を問わず、とても快適に過ごせるようになる。

夜寝る前にも、顔、首、胸、腹、腕、肩、背中、足などを拭いてから床に就くと、心地よく眠れる。

皮膚に何らかの異常が出ると、すぐさま病院の皮膚科に駆け込む癖がある人は、これを機に通院癖を見直した方がいい。

自分の体を、本で勉強した医学的知識を元に、ある程度管理できるようになると、医療費の増大も防げて、将来の国の負担を軽くできる。

本当に役立つ代替医療系の本は、「宗教・思想」などのコーナーに置いてあるので、まずなかなか一般の目にはとまらない。

アトピーは霊障でもあるので、西洋医学的アプローチの、ステロイドを皮膚に塗る治療法にも限界がある。軽度のアトピーなら、それでも治っていく場合があるようだが、重度のアトピーは今生の過去、及び過去世の障りが大きいために、なかなか治らない。積善をして少しずつカルマ(過去の負の行為)の返済に充て、我が内なる神が許すまで、待つしかない。

アメリカのネイティブ・インディアンで霊的治療師(ヒーラー)のローリング・サンダーは以前、このように言っていた。

ある患者に対して

「病気になるのは、必ずその原因があるのさ。そうしてそのことは、ほかのことの原因にもなるんだ。なんにだって代償ってものがあるさね。何かの代償として払わなきゃならんのが病気ってことだってある。
そんなわけでだ。わしらが病人を治療する時には、まずそのことを、長い時には三日三晩かけて考えることがあるんだ。もしもだな、そういうことになっとらんのに、その人の病気やら苦しみやらを取っちまうとするとだ、その人が将来背負うことになる荷物が、もっともっと大きくなるかもしれんのだ。本人は気づかなくても、病人の魂はそのことを知っとるのさ」

原理的に不可思議に思えるのは、例えば過去世で他者の皮膚病を小ばかにしたから、今世で皮膚病になるというダイレクトな応報ばかりでなく、償いの代償には変化球的応報もあるのだなと思える点。

例えば窃盗に対しては、なんらかの事故や病気などで応報があったりするようなのだ。

そのため、「オレオレ詐欺」などが後々、どういう形で結果するかは分からないので、手を出してしまった人たちは、早めに償っておくのが賢明だ。

「オレオレ詐欺」をしてしまった人たちはきっと、インド占星術に於ける「土星期」などは “我、存知せざるなり” だと思う。将来に待ち受ける応報を、ブッダや空海のように見通す力があれば、手を出さなかったはずだ。

やはり日本国の場合、小学校時代から「カルマの法則」(仕事は結果を生むという宇宙法則)を子供たちに叩き込むしかない。我が子の将来を心配する親なら、やれマルクスは無神論だからなどと言っていられないはずだ。なにしろ、放っておけば将来、我が身に危険が及ぶのだから。

中国の場合も、毛沢東が道を間違えて無神論の共産主義に走ったために、国の未来に災いを招来してしまった。普通は霊性(愛)を元にした人間の道徳的価値観を幼少期から仕込んだ場合、その子供たちは将来、自国に名誉を齎すことになるのだ。道徳は人間の徳性を高めるために、愛が人格の一部になっていかざるを得ない。中国の場合は反日などで、愛と反対の憎しみを子供たちに教え込んでしまったために、本来のポテンシャルを発揮できなくなっているのだ。これは北朝鮮や韓国についても言えることだろう。そうした愛を教えないでおいて彼らは、「私たちは何故日本に負けるのだ?」と疑問を持っているのだ。

中国の場合なら、「やはり我が国の孔子や孟子の教えの方が、マルクスたちの教義よりも高位であった」と気がつくことで、無神論の過ちに気づくだろうし、韓国の場合なら、「日本と併合して共産主義と戦ったが、あの併合を日本の侵略と解釈するのは無理があった。大体あの時、もし中国についていっていたら、北と同じような軍事独裁のイケてない国になっていただろう。神を支持した日本と、それに賛同した私たちの大局観は決して間違いではなかった。日韓併合というよりも、日韓合作のような解釈の方がより妥当で、自然だろう」と気がつくことで、歴史の流れを屈折させずに済むと思う。


道徳性の教授に悩むのは、なにも中国や韓国だけじゃない。戦後、国家神道を罪悪視して、神を軽視してしまった時点で、日本人も共産主義者のようになってしまい、罪への恐れが薄れてしまった。

このことは「オレオレ詐欺」や、日々ニュースを賑わす犯罪事件に見ることができる。もし人生の序盤に、学校で「カルマの法則」を教えてあげていたら、「オレオレ」なども無かったはずなのだ。




参考資料

「マジカル・ヒーラー」 工作舎
スタンリー・クリップナー 著 笠原 敏雄 著
アルベルト・ヴィロルド 翻訳

「バイブレーショナル・メディスン」 日本教文社
リチャード・ガーバー 著 上野 圭一 翻訳
真鍋 太史郎 翻訳

「理性のゆらぎ」 三五館
青山 圭秀 著

「愛と復讐の大地」 三五館
青山 圭秀 著

「昭和天皇論」 幻冬舎
小林 よしのり 著

「天皇論」 小学館
小林 よしのり 著

「戦争論3」 幻冬舎
小林 よしのり 著

「台湾論」 小学館
小林 よしのり 著

新・ゴーマニズム宣言〈10〉小学館
小林 よしのり 著

有限会社 プレバランス

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by saiyans | 2014-06-28 15:51 | 病気の治療方法
2013年 08月 07日

フランダースの犬をヒーリングに使う


フランダースの犬は、ネロとおじいさんの生きる姿勢を通して、無欠の道徳観を視聴者の心に刻み付ける。おそらくイエス・キリストの威神力がその背後で働き、作品をこれまでにない癒しの力で包んでいるに違いない。観ているだけで擦り切れた心が癒されていくのが分かる。

私は心の常備薬として、常にPCのデスクトップ上にフランダースの犬専用ショートカットを設けており、万全の態勢を敷いている。動画データはISOファイルだと大きいので変換し、1話221MBの Mpegデータに納めている。


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第一話 少年ネロ
ベルギーのフランダース地方にある小さな村が物語の中心。

第一話は主に登場人物紹介で、パトラッシュとの出会いもある。アンドレやジョルジュとポールも出てくる。ネロはアントワープで金物屋に鞭打たれるパトラッシュに水を汲んで与える。ネロの友達のアロアの声が物語後半の声と違う。


第二話 アロアと森へ
ネロとアロアが野イチゴを取りに森に行く。巣から落ちた小鳥の雛をネロが巣に戻すシーンがある。新たな登場人物としてキコリのミシェルとハンスが登場。アロアの声優は1話と同じ。


第三話 アントワープの町で
ネロは画家に道で出会う。「心で見るから心に残る絵になるのだ」と教わる。教会で、かつてお母さんとここに来たことを思い出す。ネロは毎日おじいさんの荷車を押してアントワープへ向かう。この点に感心する。着ている服はいつも同じだ。おじいさんも。いつも同じ服を着ている点はフランダースの犬のキャラクター全員に共通する。サイババの言う、「至福はみじめさと結びついています」という言葉は、ネロとおじいさんの生活に体現されている。何も持っていないのだが、そこには豊かな心の触れ合いと思いやりが息付いている。おそらくこの物語は、神とイエスと聖母マリアなどの力が背後で働いて、世界中に供給されるべく祝福されたアニメなのだ。見る度に心が落ち着くし、教訓を得て、ためになる。


第四話 新しい友達
 ネロがウナギを釣ろうとしているところへジョルジュとポールが来る。初めはネロにツッケンドンに振る舞うジョルジュだが、すぐに打ち解けてネロと友達になる。そこにアロアとアンドレも馬車で来て彼らに加わる。なかなかウナギが釣れないのでアロアの提案でかくれんぼすることになったが、よりによってポールは橋の下の石柱にしがみつく。アブのような虫がポールに寄って来て、払おうとしたポールがバランスを崩し、川に落ちてしまう。

ネロは泳げないのに川に飛び込み、ポールを助けようとするが、一緒に溺れてしまう。川を通りかかった船に救われたが、これが元でジョルジュはネロを親友と認識するようになる。これはネロの自己犠牲が発揮された初めの一歩と言える。私なら川に飛び込む勇気がなく、みすみすポールを溺死させていただろう。


第五話 パトラッシュ
ネロはいつも通り、おじいさんの荷車を引いてアントワープへ向かう。途中でおじいさんに「ネロ、もしジョルジュのお父さんやお母さんに会ったらきちんと挨拶をするんだぞ。人様の好意にはちゃんと礼儀を返すのが人間にとって一番大切なことなんだ。ワシがついてなくてもちゃんとご挨拶できるな」と言われる。川で溺れた時、ジョルジュに服を借りていたからだ。

道の途中でジョルジュとポールに会い、おじいさんの代わりにネロと三人で荷車を引く。ジョルジュたちの家に案内されてジョルジュたちが家の手伝いをすすんで手伝うのを見る。その後秘密の遊び場に案内される。古くなった教会跡だ。そこでジョルジュたちと遊んでいたネロだが塔の屋上から金物屋を見つけて追いかける。金物屋のおじさんが犬をパトラッシュと呼んでいたため、ネロはパトラッシュという名前なのだと分かる。おじさんが居酒屋に入っている間に隙を見て水を木の皿に汲んで飲ませてあげるが、おじさんに見つかって退散させられる。その後ブラッケン村に帰ってもネロはパトラッシュが気になって仕方ない。アロアと一緒にいても気もそぞろだ。アンドレがダックスという子犬を連れてくるが、とても遊ぶ気になれない。心はもうパトラッシュのことで一杯だ。


第六話 がんばれパトラッシュ
金物屋に鞭打たれながら、重い荷車を引いて今日もパトラッシュは街に向かう。しかし、何も食べさせてもらえず、水も飲ませてもらえないため、ついに力尽き倒れてしまう。その場で河原に捨てられる。街に来た金物屋の荷車をパトラッシュが引いていないのでネロはおじさんにワケを問い質す。「どこかの土手でくたばってるよ」と言われ、帰り道ネロはパトラッシュを探す。ついに倒れているパトラッシュを見つけ、心音を確かめたおじいさんとネロは荷車にパトラッシュを乗せて帰る。ネロの賢明な介護にもピクリとも動かないパトラッシュがいる。


第七話 スープをお飲み
ネロはパトラッシュの看病をしながら一緒に小屋で寝てしまう。気が付いたら朝だ。パトラッシュはまだ目を覚まさない。アロアが遊びに来て少しするとパトラッシュが目覚める。ネロの優しさに戸惑うパトラッシュだが、水を少し飲んでまた眠ってしまう。おじいさんにもらった薬草を飲まさせようとするがパトラッシュはソッポを向いてしまう。ネロが薪を割っている内にパトラッシュの容体が急変する。ネロは嫌がるパトラッシュに無理に薬草を飲ませるが、これでいくらか平静に戻る。この回も特に霊的感動、昂揚感はない。あるとすれば互いを思いやる心だろうか。「肉入りスープをパトラッシュのそばで食べようよ」とおじいさんにネロが提案。「三人の晩餐」の後、この日もネロはパトラッシュと小屋で寝る。


第八話 ほえたよ おじいさん
パトラッシュは金物屋さんにいじめられていたトラウマから、ネロとおじいさんを信じられないでいる。そこにアロアが遊びに来てエサをあげるが、パトラッシュはネロ以外からエサをもらうことを拒む。ネロが、「アロアは1番の友達だよ」と説明して、やっとアロアからのエサも口にした。動物も、ネコや犬は人間の言葉を理解する。ネコを「ミー」と呼ぶと反応するから言葉は分かる。パトラッシュはネロの言葉を完全に理解する。

ネロとアロアは森に行き、パトラッシュ用のベッドを作るための木の枝を集める。枝でベッドの型を組んで干し草を載せ、完成したところでネロとアロア、パトラッシュでベッドに載るが、アロアが飛び跳ねると壊れてしまった。結局、干し草のみのベッドでよしとする。

夜になり、干し草のベッドで横になったパトラッシュだが、すぐにネロのベッドの横に来て一緒に寝るのだった。これ以後、ネロとパトラッシュの信頼は最後まで変わることはなかった。


第九話 エリーナの花畑
パトラッシュが「荷車を引く」と意思表示して座り込むが、おじいさんがパトラッシュを説得して自分で引く。ジョルジュとポールは途中ネロに会い、一緒にブラッケン村まで行く。

悪役のハンスさんが意地悪くなり出す。色々ネロとおじいさんに文句を言うようになる。おじいさんとネロはサイババの言葉に忠実だ。それはイエスの言葉に忠実なのと同じだ。堪忍と忍耐も見習うべきものがある。

ハンスさんは息子のアンドレの子犬がエリーナの花畑を荒らしたのをパトラッシュのせいだと勘違いする。その後アロアの証言でようやく息子のアンドレの子犬、ダックスが犯犬だと分かるが、その後も反省せずにネロに何かと罪をなすりつける。アロアのお父さんがネロを嫌いになっていくのを助長したのもハンスさんだ。でもダイヤモンドの原石のように、ネロとおじいさんは傷つけられれば傷つけられるほど輝いていく。


ハンスさんは息子がアロアに気に入られて将来、二人が結婚するのを期待していたようだ。何かとアロアが好意を寄せるネロの醜聞を蒔いて、ネロの評価を下げようとする。もしハンスさんがいなかったら、アロアのお父さんはネロの絵の技量に一目置いて二人を温かく見守ったかもしれない。最終的にネロとパトラッシュはコゼッツ家を守るのだが、後悔先に立たず、最終話で2人共死んでしまう。


イエスは十字架で磔刑に処せられても善良さを失わなかったが、これはネロも同じだった。イエスは「父よ(神よ)、この者たちをお許しください。彼らは何も知らないのですから」と言って、アドワイタ(インドのサンスクリット語で不二一元、神実現の意)の境地にある自分と違い、二元性の段階にある庶民は、人を傷つけることが、自分を傷つけることと変わらないことを知らないので、許してあげてください、と父に祈っていた。




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by saiyans | 2013-08-07 22:15 | 病気の治療方法
2013年 08月 06日

濡れタオルの効用


小さいタオルを濡らして絞り、コンビニ袋に入れて携帯していると、何かと助かる。汗をかいた時に顔や体をすぐに拭ける。

ちょっと前まで、ウチは読売新聞を取っていて、誕生日の度に小さいタオルが送られて来ていたが、朝日新聞に変えてからそれがなくなった。残念だ。

将棋や囲碁のプロ棋士は、頭を使う頭脳労働だから、首から上に発汗が集中するかもしれないので、その意味でも、この技はお勧め。

その他、健康面の管理技として・・・

ヒマワリの種は太陽の光を多く含むので、食べると体に良いそうだ。中国人はヒマワリの種を常食するが、あれは先人が残した良い知恵だ。他の国も真似したほうがいいと思う。

ナッツ類は、油で揚げたり、焼いたり、塩をまぶしたものはエネルギーが低いという。穀類、ナッツ、生野菜、果物などは、手でもぎ取ったばかりのものが最高だそうだ。「気」のエネルギーがまだ失われていないから。その「気」が体内を循環して活力を与えるわけだから、カップ・ヌードルやジャンク・フードばかり食べていると元気がなくなるのだ。インスタント食品は、食べている最中は美味しくていいのだが、エネルギー自体は小さいから、常食には向かない。

「気」のエネルギーが体内を循環するプロセスは、日本教文社から出ている、リチャード・ガーバー著「バイブレーショナル・メディスン」に詳しく書かれているので、そちらを参照してもらいたい。

視覚的に「気」がどのように体内を移動するかを示した映像は、アニメの「地球少女アルジュナ」で見れるので、見ておくとよいと思う。経絡系などの微細エネルギー網を、どのように「気」が循環するのか、その作用機序が一目瞭然で分かる。おそらく人間の霊的側面に関心を持つ人たちが監修に当たったのだろう。素晴らしいデキだった。無農薬リンゴを作る木村秋則さんの話とも直結するアニメなので、幼少期に見ておくとためになると思う。

余談だが、生ニンニクを食べると蚊が刺さないそうだ。これらはパトリシア・コーリさんのチャネリングによる情報なので信頼できる。

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by saiyans | 2013-08-06 20:44 | 病気の治療方法
2013年 08月 05日

脳波と幸せの関係


親が時に、子供に厳しく当たるのは、自分たちが誰にも助けてもらえずに、孤独に生きてきたことの反映だと思う。親の厳しさは、子供が将来社会に出た時に直面するであろう厳しさを想定したものにならざるを得ないのだ。

これまでの家庭教育の定跡は、「人に迷惑をかけるな」とか、最低限の道徳的規律の授与が終わったら、後は子供にお任せ的なところがあった。今にして思えば、ツイッターやブログなどでの繋がりによる愛の関係が未発展の時代に生きてきたわけだから、親と子供の現実認識に乖離が生じてくるのも致し方ないことだと思う。

新聞、ラジオ、テレビがメインの世代は、双方向の情報交換を若い時に体験していないから、例えそれが社会の発展に有害でも、無害でも、一方的にメディアから垂れ流される情報を接種して、検証せずに生きてきたのだ。

子供たちを客観的に見ていると、明らかに明るいし、元気で闊達に動き回っているが、あれは神からさほど遠くに隔てられていない状態を率直に反映していると言わざるを得ない。生まれた時はまだ心が壁を作っておらず、純粋にアートマン(超越意識)が顕現している。神の状態だ。赤ん坊は誰彼かまわず純粋に相対し、恐れを持たない。目覚めていても脳波は熟眠時のδ波(デルタ波)で、非常にゆっくり穏やかな、風の無い所の灯火が揺るがないような意識状態で生きている。

δ波は聖者たちが恒常的に留まることのできるサマーディー時の脳波でもあるため、言わば生まれた時点で人生のゴール状態を味わっているのだ。ところが地上であるがゆえに、周りの大人たちの強い影響を受けて周波数が落ちてゆく。δ波が神との完全な一体化状態(100%)だとすると、θ波(シータ波)で75%(4歳~7際まで)、α波(アルファ波)で50%(18際くらいまで)、その後、大人の基本周波数であるβ波(ベータ波)で25~35%くらいに落ちるのだと思う。ラジオで言えばFMからAMへ、そして短波受信まで落ちて、気がついたらノイズ混じりの落ち着かない心になっていた、みたいな感じだと思う。

δ波が脳内麻酔物質のエンドルフィンやドーパミンの産生率100%なら、θ波で75%と、脳波の高速化と共に平安が失われていくのが分かる。多分お酒は、脳波の、ある周波数帯域に一時的に退避させてくれる波長をもっているのだと思う。おそらく、お酒はエンドルフィンの産生率75%くらいなはずだ。子供の頃の純粋な意識状態(周波数帯域)に一時的に戻れるために、お酒は人気があるのだろう。おそらく神としては、お酒の効果を一時的に体験することで、神聖さに近づいた時にはどれくらいリラックスできるのかの秤とするために、お酒で疑似体験をさせているのだと思う。

脳波が、ある周波数にシフトした時に、脳から自然に産生されるのが脳内麻酔物質なら、それはお酒に依らずとも達成できる。瞑想がそうだ。明らかにリラックスするのが分かる。でも、問題は脳波をβ波に落としてしまう社会的条件がこの日本には多いことだ。ネガティブなテレビ番組の波長に同調して脳波が下がるし、様々なメディアから垂れ流される負の情報で、脳波はたやすく悪影響を被ってしまう。

創造性を発揮する人はα波~θ波で生きれて、創造性に乏しい人ほどβ波で思考全体が覆われてしまい、時間が伸びて老齢化が激しくなる。ブログやツイッターも創造だから、α波やθ波で生きる人がこれから多くなれば、日本というか、世界全体の波長も上がって、歳をとりづらくなるはずだし、健康も増進していくと思う。

創造性の無い職業に就いていても、ブログを書いていれば平気だと思う。“ブログは人生の棚卸し”と言われるが、誰でも自分にしかない人生史があるわけだから、オリジナリティーもバッチリで、他者には真似のできない内容のブログが書ける。これはもう神の配慮としか思えない。そこまで読んで人間に様々な経験をさせ、導いてきたのかと感心せざるを得ない。

自分にはショックな出来事でも、他者には参考になり、活きるので、トラウマも解放されるかもしれない。成功体験も失敗体験も、他者は同一の地平で扱うだろうから。「誰かのためになるかも」と思えれば、癒されると思う。あらゆる仕事は神(愛)に到達するための手段と言うなら、私たちは今、最も恵まれた時代に生きているのかもしれない。 


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by saiyans | 2013-08-05 22:27 | 病気の治療方法
2013年 08月 05日

眠れない時の眠り方


夜中に、眠っている途中で起きてしまったりすると、なかなか眠れないことがあると思う。

こんな時に役立つ方法を紹介したい。

●一つ目は、ローソクの光輪を利用する方法。

部屋を暗くしてローソクに火を灯すと、炎の周りに光輪ができるが、この光輪を覚えておいて、目をつむったら光輪で頭をスッポリ包むようにイメージすると、脳波が低速にシフトするのが実感できて、ゆっくりと眠りに落ちることができる。

●二つ目は、オシロ・スコープのサイン波をイメージする方法。

目をつむったら、左から線が現れて真ん中で盛り上がり、すぐに水平になる様をイメージする。これを始めは速いテンポで4回繰り返し、次はその半分のテンポで4回、次は更にその半分のテンポで、以下、眠りに落ちるまでスロー・テンポのサイン波を何度も繰り返す。そうすると、脳は暗示に掛かり易いので、自然に脳波がスピード・ダウンして眠れる。

●三つ目は、光る水晶玉を自分の魂に見立てて海に落とし、その水晶玉が海面から海中に入り、ゆっくりと海底まで落ちてゆく様子をイメージする。マグロの群れや深海魚も登場する。海底に落ちて、しばらくすると眠っている。

●四つ目は数字を数える方法。

4分の4拍子で1.2.3.4、1.2.3.4と普通のスピードで4サイクル数え、次はその半分のスピードで4サイクル、次は更にその半分のスピードでと、だんだんゆっくりと落としていくことで、自然に眠れる。これも暗示にかかり易い脳の特性を利用している。

●五つ目は、神と聖者の名を唱える方法。

例えば・・・
ラーマ、シーター、クリシュナ、ラーダー、ブッダ、パラシュラーマ、ナラシンハ、ヴァーマナ、クールマ、ヴァラーハ、ミーナ、マツヤ、シルディ・サイ、サティア・サイ、プレマ・サイ、カルキ、ブラフマー、サヴィトリー、ガヤトリー、サラスワティー

ケーシャヴァ、ハリ、ヴィシュヌ、ナラヤナ、ゴーヴィンダ、マーダヴァ、リシュケーシュ、ダモーダラ、ヨーゲーシュワラ、ゴパラ、プラジャーパティー、ダートリ、ヴィダートリ、ジャガナート、ヴァースデーヴァ、スダルシャナ、ラクシュミー

シヴァ、シャンカラ、ルドラ、イーシュワラ、マヘーシュワラ、マントレスワーラ、ソーメーシュワラ、ハラハラ、パールヴァティ、シャクティ、ウマー、ゴウリ、ドゥルガー、カーリー、ヒマヴァット、ガネーシャ、ガナパティ、ヴィナーヤカ、ヴィグネーシュワラ、ムルガ・・・

といったところだが、これを繰り返しても眠れない時には、聖者アガスティア、ブリグ、シュカ、ヴァシシュタ、ヴィシュヴァーミトラ、マイトレーヤ、マールカンデーヤ、ヴァールミーキ、ヴィヤーサ、アンギラス、ヴァーマデーヴァ、ジャヤデーヴァ、マタンガ、ガウランガ、ナチケータス、チャイタニヤ、ダウミヤ、サーミヤカ、パールヴァタ、サラスワタ、カウシカ、プラフラーダ、サティヤナンダ、カピラ・アーチャーリヤ、アーディ・シャンカラ、ラマナ・マハリシ、アマチなどの名も唱えてみる。

それでも眠れない時にはキリスト教の聖人たちや、中国の曇鸞、善導、玄奘三蔵、不空、恵果、日本の聖徳太子、空海、最澄、行基、法然、親鸞、日蓮、栄西、道元、一遍、蓮如、円空、空也、白隠、円仁、明恵、役行者(えんのぎょうじゃ)などの名も唱えていると眠れる。

サンスクリット語、チベット語、ヘブライ語、中国語は、文字そのものに力があるだけでなく、発音についても共通したバイブレーションを持つ、とても神聖な言語なのだそうだ。私も以前、サンスクリット語で神の名を唱えている最中に、冷たいエネルギーが全身を駆け巡り、すごくリラックスした時があった。脳内から、エンドルフィンやドーパミンなどの神経伝導物質が出たのだと思う。この時は目が覚めた状態で、意識的に体験できたが、多分、普段はあの冷たいエネルギーが、眠っている時に全身を癒しているのだろう。

又、これも1度だけだが、心が数十分ほども、停止に近い状態で目覚めていたことがあった。脳内の松果体が電磁エネルギーをスパークさせながら、ものすごく振動しているのが分かるほどだった。脳内が、麻酔が掛かったようになり、何の動揺もなくリラックスできた。もう2度と体験できないかもしれないが、人間には未知の可能性が残っているのだと実感できた。
 

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by saiyans | 2013-08-05 22:25 | 病気の治療方法
2013年 08月 05日

鬱病にならない社会の実現に必要なもの


日本では、1998年から自殺者が急増した。特に2008年はリーマン・ショックが辛かったのだと思う。

スイスでは中学1年生~2年生の在学中に様々な職業実践訓練を受ける。そして3年生で自分のしたい仕事1本に絞り、資格を得る。就業率、完全雇用率は90%ぐらいで、とても高い。日本、アメリカ、イギリスは職業訓練期間が無いのが辛い。学校を出ても、新人・新入りでゼロから仕事を覚えないといけない。

なんとかこの定型化された定跡は変えられないものだろうか?ドイツには職人の親方養成校である「マイスター・シューレ」という学校があるそうだが、日本では専門学校がこれを代替する形になるのか・・・。

本来は学校の先生にでもならない限り、ある種の知識はそれほど要らないものだと思う。その分、専科に進ませて日本のブランド力を上げる人財を育成したほうが賢明だと思うのだが、どーも今の教育制度は子供たちの個性を貶める方向に行くので、とてもマズイと感じる。とにかく道が狭過ぎる。子供たちも窮屈に感じていると思う。

在学中に学び損ねた分野は、後からでもその道のプロフェッショナルに教われるようにしたりして、挽回可能な体制を敷いておくとよいと思う。例えば京都では仏教を若い頃に学べなかった人たちが、中高年になってから仏教大学に学びに来ていたりする。

ただし、その道のプロとは、無償で教える気概のある人に限る。無償でないと、教える側の、生徒に対する献身が不完全なものになるので、それは無意識的に相手に伝わり、モチベーションを下げてしまう。

インドにあるサイババの病院でも、それまで自国で高額の報酬を得ていた医師たちが無償で働いていたりするが、彼らの顔は喜びに輝いている。それほど、やり甲斐があると感じているのだろう。本来、日本政府はこうした人財と庶民をコンタクトさせて繋がりを強くするようにマネージメントしないといけないはずだ。

教えたり助けたりするのが生き甲斐と感じられる人財には、最低限の食費、生活費、交通費などを国が負担して、水を得た魚のようにしてあげると良いのだ。働いて税金を納めるように督促されるのは、無償で教えたり助けたりするのがまだ難しい私のような者に限定し、タダでも教えたい、助けたいという人財には国が惜しみなくバックアップの手を差し伸べるのが最善なのだ。

天皇陛下は政治に介入なさらないから何も言わないが、このような生き方を皆がしてくれたら、と祈っておられるはずだ。


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by saiyans | 2013-08-05 22:19 | 病気の治療方法