人気ブログランキング |

ラーマの日記

saiyans.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:南野陽子( 19 )


2019年 08月 20日

南野さんとの日々(3) 「妻と音楽の勉強編」


ある日の午後、私たち夫婦は他愛もない雑談をする中で、ふいにクリスマスに思いを馳せることになった。


クリスマスかー・・・いつも家ではどんなクリスマスを送ってたの?

「お家のお手伝いをして、そうするとお父さんがみんなにお小遣いをくれるのだけれど、それでそのお金をコンビニのレジ横の募金箱に寄付しに行くの。それで夜は私がピアノを弾いて、みんなで讃美歌を歌って・・・そんな感じかなぁ」

あ~ ・・・ それは充実したクリスマスだねー。「ピアノ」っていうのはいつ頃からやってるの?

4歳の時から。バレエと一緒に習ってたの。」

それは「宝塚に入れたい」という、お母様のたっての希望だったとか?

「ううん。女の子が生まれたらピアノを習わせたいというのが我が家にはあって、それでみたい。」

4歳でってことは「固定ド」?

「ん?」

絶対音感なの?

「あ~、そう!目をつむってても当てられる。」

いいな~、耳コピも簡単にできるし、楽だろうなーと思う。

「うん。それはほんとに有難いと思う時ある。」

でも、クラシックから入ったってことは、「コード」はダメとか?

「そうなの。コードが分からない。」

「和声学」と「コード理論」は別物って思うんでしょ?それは「和声学」が9thなどのテンションを扱わないからだと誰かが言ってたな・・・。かくいう僕もコードって個々のパーツとして覚えてても、「コード進行」となると意味不明でね。トニックから始まってとか、そういうの苦手。適当にメロディーに合わせてハーモニー付けてくから。

「坂本龍一さんの『戦メリのテーマ』はクリスマスの曲なのかな?」

映画観てないから分からないけど、多分そうじゃない?これでしょ?

ここで私が「戦メリのテーマ」のイントロを弾いたので、妻は驚いたようだった。

「それそれ~!そのイントロ大好き!」

君は僕とどこまでも気が合うなー。僕も好きなの。このイントロ。まあ、イントロ以外は弾けないけど。

「相性が合う・・・ じゃあ宮崎駿監督の映画で1番好きなのは?」

「ラピュタ」だね。

「うわ~っ、同じ~!」

君とは星宿が同じだからかなー?ここまで合うとコワイよねー。

「私は嬉しいけど・・・」


ちゃんちゃん

終わり。



参考資料

「カシオペアの本」 立東社

「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」 NHK
テーマ モーツァルト

作曲家・青木望さんインタビュー

「絶対音感」

「With t - 小室哲哉 音楽対論」 Vol.2 幻冬舎
TK MUSIC CLAMP 編集


by saiyans | 2019-08-20 22:54 | 南野陽子 | Trackback
2019年 08月 18日

「卒業」という歌から得た、南野陽子さんとの日々、序章


「制服の胸のボタンを、下級生たちに ねだられ・・・」


斉藤由貴さんの歌う「卒業」という曲は、およそ私の運命とほど遠い内容の幸福感を感じるのだが、もし、下級生に南野陽子さんがいて、突然胸のボタンをねだられたらどう思うかを、今日は妄想していた。


「仰げば尊し」を歌い終えて卒業証書をもらって家に帰ろうとすると、突然声をかけられるのだ。



「あのっ!」


振り向くと、見たこともないような女神(南野さん)が立っていて、私は大いに動揺した。


「あの・・・胸のボタンをいただけませんか?先輩・・・」


えーーーーーーーーーーーーーーーー!!


思わず眉間にシワが寄る私・・・・・ 理解できないのだ・・・ 状況が・・・。


今度は私が、彼女に問い返す。


あの・・・君は一体、誰なの?初めて逢うよね?


「・・・・・」


僕をからかってるの?


「いえ・・・あの・・・ずっと見てたんです。私。いつも・・・」


さらに眉間にシワが寄る私・・・。全然気づかなかった・・・。


僕のどこがいいの?


「あの・・・以前、お昼休みに私、近くの教会で先輩とお話ししたんです。」


教会・・・・・ ああ、YMCAが運営する幼稚園があって・・・あの敷地内の?


「はい。あの時に私、一人でお祈りしようと思ってあそこに行ったんです。そしたら誰かがいたから静かに一つ離れた横のイスに座ったんです。」


うーーーん、覚えてないなー。君みたいなカワイイ子は絶対忘れないんだけどなー。


そうすると彼女はポッケからメガネを取り出して顔に掛けた。


・・あっ、あの時のっ! たしか「フランダースの犬」の最終回でネロとパトラッシュが天国に旅立った情景が、自分には阿弥陀仏の極楽浄土への旅立ちに思えるんだ、と熱く語った時に、黙って聞いてくれてたあの子?


彼女はニッコリ笑って頷いた。


あーーー そうかあの時の・・・ でもあの一度きりだよね。逢ったの。それがなんで?


「私の姉があそこで働いていて、防犯カメラの録画映像を見せてくれたことがあったんです。そうしたら先輩が映っていて・・・・・泣いてましたよね?先輩・・・。あの映像を見たときに、すごく純粋な人なんだーと思って、それで感動して、それから・・・」


シチュエーションが 「めぞん一刻」の五代さんの時と似てるなと思いつつ、私は彼女に言った。


ボタンかー ・・・・ いつかまた学生服でコスプレしたくなった時に困るから・・・・・ じゃあ・・・ 十円あげるよ(ニコッ)。

あれ?ないや・・・ じゃあ・・・ 五円玉でいい?


私の意図が分かったのか、彼女は微笑んだ。


それから互いの住所を教えあい、私たちは たまに会うようになった。


彼女とは「神への信仰」という点で共通点が見い出せたのが大きく、彼女が卒業するのを待って、私たちは結婚したのだった。




参考資料

「フランダースの犬」 バンダイビジュアル
出演 喜多道枝 及川ヒロオ

「めぞん一刻」 小学館
高橋留美子 著

「真宗聖典」 東本願寺出版部


by saiyans | 2019-08-18 22:07 | 南野陽子 | Trackback
2019年 08月 05日

南野陽子と「インドマグロ」


「インドマグロ」の赤身。

普通のマグロと天と地ほどに違うのはその味で、「まったく次元の違う食べ物」という美味しさだった。

19歳の頃にダイエーでバイトしていた私は、主な担当として魚を焼いていたのだが、同じ鮮魚部の女性が 、「これ食べてみ」ということで、ワサビと醤油付きでカットした赤身を持ってきてくれた。

で、食べたらあまりの美味しさにたまげましたね。歯応えから味から、それまで食べていたマグロの印象が180度変わるくらいスゴかった。


・・・三十代の南野さんは、インドマグロ級の成長を示していると思うのだ。

鮭(サケ)が故郷の川を出て海に向かい、成長して帰ってくるのと同じで、南野さんは芸能界という大海原で二十代を人格の陶冶に集中し続けた結果、より広い視野を得、帰ってきたのだと考えれば、三十代の輝きも なんの不思議もない。

「インドマグロ」は別名「ミナミ マグロ」というのも偶然とは思えない。サティア・サイババという神の化身(アヴァター)が、南インドに生まれたのもやはり偶然ではないだろう。


「スケバン刑事Ⅱ」の続編である「女刑事 早乙女 志織」は制作すべきだったと思う。

ストレートロングヘア+ストレートロングスカートの条件さえ満たせば、卒業後に即刑事採用でドラマ続編ができたはずだ。二十代バージョンの次は三十代バージョンというふうに繋げられたろうな~。




参考資料





Best Hit Generation 南野陽子特集



by saiyans | 2019-08-05 02:50 | 南野陽子 | Trackback
2019年 08月 03日

「楽園のDoor」について


この歌の詞の内容は、全作の中で1番、哲学的というより、霊的なメッセージを多分に含んでいる。


「陽だまりのような、あなたを抱きしめたい」というのは、そのまま神に対する信愛から来ている。つまり、いつかイエス・キリストのように、あなたと一体化したい、という思いを表しているのだ。

「陽だまりの、窓辺から、凍える街並み見下ろすの」で曲が始まっているのは偶然でない。曲の最初に神の栄光を言い表すことで、至高者に対する敬意を捧げているのだ。

「自分は神の恩寵を得て、何不自由なく楽園で暮らせているけど、そこから凍える街を見下ろすと、無数の悲しみが錯綜しているのを感じる。でも神はみんなを陽だまりのような愛でいつも包んでいるんだわ・・・。私も肉体という拘束条件の元に生まれたけれど、いつか履き慣らした靴のように履き慣らしてみせます。そしてあなたと一つになってみせます」という決意を感じる。


作家の方々は、等身大の南野さんをイメージして曲を作ったと思うが、容姿から声質、女らしい仕草までをトータルに見て、この曲は南野仕様として完成させたのだな、と感じる。

「陽子」という名前・・・とうより名前そのものに潜在する可能性として、親の願いとしては「最終的に、こういう子に育ってほしい」というのがあると思うが・・・ 名前って最終目的地と同義なんだよね。

太陽系の中心には太陽があるわけで、その名前から取って「陽子」と考えれば、南野さんはいつかアンマのように神を実現する器なのかもしれない。


自分の名前の意味について最初は盲目であるのと同じ様に、私たちは「楽園のDoor」の内的意味について考察し始めなければならない・・・


「青空が、眩しくて、私は こんなに、小さくて・・・だけど・・」


この言葉も、南野さんの本質を捉えた、作家陣の大局観の良さを物語っている。


人格の第一要諦である、 「地に足が着いていること(グラウンディング)」 というのを、この一文は表している。

「自慢せず、人を小ばかにしない」という、人生で成功するための基本が備わっていることを、南野陽子に会った際の第一印象から感じ取っていたのだ。

「人格の向上」というのは行為の純粋さに依存するというのは、聖賢たちの教えるところだが、サイババも以前、こんなことを講和で述べていた。

「行いが秒針に当たる。分針が心の進歩。時針は大いなる喜び。」

つまり、良い行いを純粋に60回積んで、ようやく1分だけ人格の針が進むのだ。それで、最終的にはイエスのように神と一体化し、全能者と一つになる。

違う例えでサイババは、小さな円(人間)と、大きな円(神)の2つがある分離的な段階から、次の状態である、大きな円の中に小さな円が入る段階を経て、その小さな円が逞しく成長し、大きな円と一つになる時、神実現になるのだ・・・というようなことを述べていた。




参考資料

南野陽子】 ザ・サンデ·楽園のDoor 1987.3.1

「サイババ イエスを語る」
サティア サイ オーガニゼーション ジャパン刊
サティア・サイババ 述 牧野元三 和訳

『神の詩―サイババが語る「さとり」への道』
サティア・サイババ(著)、青山 圭秀(監修)、宇野 梵悦(翻訳)

「バイブレーショナル・メディスン」 日本教文社
リチャード・ガーバー 著 上野 圭一 翻訳
真鍋 太史郎 翻訳


by saiyans | 2019-08-03 01:13 | 南野陽子 | Trackback
2019年 07月 31日

南野さんからの離脱・・・・・・



・・・・・・できん。


まだダメだ。今日も幾らか妄想した。

階段の木陰に座って、十代の若妻である彼女に語りかけるのが多い。

たとえイメージの中でも、手にも触れない。なんか神聖な感じがしてダメなのだ。南野さんは。

プージャの効果なのか、アンマのダルシャンの影響なのか知らんが、スケベな欲求が起こらないのだ。

現在、ケートゥが射手座から獅子座にアスペクトしてるからかもしれない。無執着さが増すとか・・・。


思えば「プージャ」って、1番弱い惑星を最初にやってもらうのが正当だよな~。私の場合は生まれた時から金星が最弱だから、肉体面の健康を考えても、金星を最初にやってもらうべきだった。

そもそもプージャって福星のみでイイんじゃないかな?月と金星と木星だけで・・・

と、最近思ったりする。


by saiyans | 2019-07-31 22:04 | 南野陽子 | Trackback
2019年 07月 26日

南野陽子とキチェ・サージャリアン


「恵み多き豊かなる御手
その光溢るる懐かしき郷(さと)
樹々の温もり
主の微笑み
世界を遍く潤す
何もかもが ここより始まる
至上の楽園
主の御手にあり」


「指に触れる優しい木漏れ日
すべてではなく
この こぼれ落ちる分だけでよいから
恵みを
主よ 恵みを
我ら生ける者たちにも
どうか 照らしたもう」

「ぼくの地球を守って」 白泉社 より
日渡 早紀 著


キチェ・サージャリアン(キチェス)という、地球でいう巫女さんのような存在であるモクレンは、よくキサナド(聖書)の詩にメロディーを付けた形で神の讃歌を歌っていたが、これって南野陽子さんが歌ったら似合うだろうなーと思った。

モクレンはその後 地球に転生して坂口アリスという女性に生まれ変わるのだが、前世の常習である「歌」は忘れていず、合唱部に入ったりしていた。

アリスは男女共学の学校に通っていたが、南野さんは小学校こそ共学でも、松陰女子学院 松陰中学校~松陰女子学院 松陰高校と、女子校に通っていたのは、貞淑さを維持するという意味で素晴らしいと思った。

僧侶なども男性と女性は別々の場所で修行するが、これは神との関係を保つ上で けっこう大事な戒律なのだ。

でも、これはあくまで、十代の南野さんに適応する理想であり、現在の南野さんに求めてはいない。南野さんは既に結婚されており、この時点で聖性を発揮するのが困難になっている・・・。

あくまで夢を語らせてもらうと、南野さんのあの容姿でキチェスだったらスゴイだろうなーと思うのだ。

モクレンはキチェスであっても けっこう男子に興味津々だったから、その点は南野さんの小学校時代のエピソードとも重なる。漫画だからかもしれないが、男性に対して潔癖というほどでもなかったので、十代の南野さんでもモクレン役はこなせたでしょう。


でも残念ながら日本では「ドラマ」といったらトレンディー・ドラマとか、およそ聖性とは かけ離れた内容のものがほとんどなので、こうした神聖なテーマが難しいんだよね。

これって社会化の産物だと思うんだ・・・。

もし日本社会が、1995年のサイババ・ブーム以降 着実に霊性の道を歩んでいたら、ドラマにはインド占星術師やプージャーリが登場したり、それこそ「ぼく球」が実写化されてテレビ放映されたりしただろうが、例の「オウム事件」で潮が引くように引いてしまったんだなー ・・・残念。


現在、トランプ大統領が母国アメリカに巣食う悪党ども(ディープ・ステート)を退治すべく、死んだと思われていたJFKjrQanon)と共に戦っているので、それが成功すれば、ほんとに世界の変容が訪れるでしょう。


トランプ大統領たちの目的は、神の目的に適うものであり、地上世界に遍く霊性の原理(愛)を復活させることなのだから。




参考資料

「有名人データベース PASONICA JPN」

「南野陽子本命の日高君ではなく伊地知君に告白したエピソードを公開w」

「ムー」 学研

「呪師に成る―イクストランへの旅」二見書房
カルロス・カスタネダ 著 真崎 義博 翻訳

「ぼくの地球を守って」 ビクターエンタテインメント
原著 日渡早紀
出演 白鳥由里 冬馬由美 監督 やまざきかずお

「ぼくの地球を守って (ぼくのちきゅうをまもって)とは【ピクシブ百科事典】」

漫画 「ぼくの地球を守って」で、木蓮が歌う、聖歌キサナドの
歌詞を教えて下さい。。


by saiyans | 2019-07-26 23:35 | 南野陽子 | Trackback
2019年 07月 26日

アン王女と南野陽子


「ローマの休日」に登場するアン王女の服装は、南野さんの「話しかけたかった」歌唱時の衣装にかなり影響を与えていると思う。

また、南野さんの細いウエストは、オードリー・ヘップバーンのそれに負けてないので、ご本人も少しその辺は意識していたかもしれない。

「ジャスト・カット センキュウ」と言って アン王女がショートにカットしてもらった場面は、南野さんには受け入れられなかったのではないかな・・・?。だから髪はロングでそのままに、衣装のみをアン王女風にしたと。


グレゴリー・ペックは市井の新聞記者役だったが、アン王女はその彼に恋をするに至った・・・。

当時、人気絶頂だった南野さんは、一般人男性との普通の恋愛も夢見たことがあったかもしれない。

でも、運命の流れはそれを彼女に許さなかった。それは、うら若き日の一瞬の輝きをパーシャル(部分冷凍)して後世への遺産にしようという、神からの、人類への配慮と思われる。

中には、少しショート丈のスカート着用で「話しかけたかった」を歌うこともあったが、これはコーディネーターのミスだと思う。南野さん本人の歌のイメージは、あくまでロングスカートでの歌唱を基本に据えていたに違いない。


「女らしさ」というのは、口で言うほど簡単に装備できるものでなく、一朝一夕で達成されるものでないだろうから、それを生誕時から実装して生まれてきた・・・南野さんは、後世の女性が「ヤマトナデシコの最良のサンプルを見てみたい」と思った時に、即座に検索できる対象となるべく、あの時代を生かされていたのだと考えれば、すべてが繋がってくる。

きっと、ロングスカートの魅力を、不道徳性極まるこの時代に示すべく選ばれた存在として、南野陽子は外せなかったのだ。




参考資料

ローマの休日 ウィキペディア

话しかけたかった 全部版本合集 (附演唱日期和片源)


by saiyans | 2019-07-26 02:50 | 南野陽子 | Trackback
2019年 07月 22日

「スケバン刑事Ⅱ」のDVD購入を検討


木は、乾燥しないと火が点かない。

それは分かっているのだ。

異性への執着心がある限り、人間は濡れたマッチ棒のようなものであり、神と一体化できない。

サイババもイエスもブッダも、みんな同様のことを言っているとしても・・・

「それがなんじゃい・・・オレは凡夫じゃ。南野陽子のファンじゃ!」と反論してしまうほどの魅力を、「スケバン刑事Ⅱ」の南野さんは放っている。



過去の南野さんと現在の南野さんは、若さという点で違うのだが、その現実のギャップを知性が処理できない場面に何度も遭遇することで、私の中に自分への不信感が起こった。それはつまり、過去の現実と現在の現実を、脳が処理できていないのだ。


例えば、十代の南野さんの映像を見ている最中はそれに完全に没入しており、「いいお嫁さんになるだろうなー」とか、「絶対南野陽子と結婚する」とか思っているのだが、動画の再生が終わると、「あれ?そういえば今2019年の・・・・・ハッ」となって我に返る・・・。南野さんはもう五十代なのだ。その現実が受け入れられない自分がいるのだ。

これは三十代の動画を見ている時もそうで、「もったいないなー。なんで周りの男どもは放っとくんだ?まったく・・・」・・・で、再生が止むと、「ん?今確か2019年・・・・・ハッ」の繰り返し。



私は「スケバン刑事Ⅱ」を当時、リアルタイムで見逃したヤツなので、全話見るのが楽しみ。




参考資料

「バガヴァン シュリ サティア サイババとの対話」
サティア サイ オーガニゼーション ジャパン刊
J・S・ヒスロップ 著 牧野 元三 監訳

「サイババ イエスを語る」
サティア サイ オーガニゼーション ジャパン刊
サティア・サイババ 述 牧野元三 和訳

「ブッダのことば-スッタニパータ」岩波文庫
中村 元 翻訳

「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫
中村 元 翻訳



by saiyans | 2019-07-22 01:28 | 南野陽子 | Trackback
2019年 07月 20日

南野さんと私の「話しかけたかった」


「駆け寄って、話しかけたかった
でも出来なかった
今日まで一度も」


いつもこの部分で、何かキューンときて胸が締め付けられる私。

それはプラトニックな愛を求める私の願望を完全に満たしている。


因みに私がこの曲を歌うと以下のようになる。


「駆け寄られて、話しかけられたかった
でも何もなかった
これまで一度も」

ギャグかーい! でも、実際こうだったんですね。我が青春は・・・。


「ドラゴンボール」という漫画で、悟空が様々な経験を積むことでレベルを上げると、その後に生まれた息子が、まるで父のレベルを引き継いだように、強くなって生まれるでしょう?

悟天は生まれた時点の標準で悟飯よりも強かったり。あれって芸能人の子供にも言えると思うんだよね。

南野さんなら相当に歌唱レベルが上がってるだろうから、子供はすごい歌がうまかったろうな、とか、お芝居なんかも、たとえカメラが回っていても、まるでそこにカメラなどないかのような自然な演技で視聴者を魅了する子供が生まれたと思うんだ・・・。


インド占星術で南野さんのチャートを見ると、「配偶者」を現す第7室に「ラーフ」という凶星が在住してるので、この悪影響さえ本家インドのプージャで除けば、念願の長女舞子さんが誕生してくると思うんだよなー。

プージャを催す「プージャーリ」という方々は、長年の修行によって、神とコンタクトできるまでに自己を高めた方々だろうから、因果のレベルに働きかけて、私たち庶民の願いを叶えてくれるでしょう。


「スケバン刑事Ⅱ」の南野陽子を超える南野舞子の演技は、確実に未来の日本に活力を与えることになると思う。




参考資料

话しかけたかった 全部版本合集 (附演唱日期和片源)

2010桜詩集(南野陽子)

南野陽子 三枝の爆笑美女対談

「ドラゴンボール」(ジャンプ・コミックス)集英社
鳥山 明 著

ドラゴンボール ウィキペディア

「アガスティアの葉」 幻冬舎文庫
青山 圭秀 著

「サンカルパ」 三五館
青山 圭秀 著

「聖母アマチの教え」- ヴェーダの叡智 - [改題新版] 知玄舎
西田みどり 著

日本MAセンター プージャ


by saiyans | 2019-07-20 01:21 | 南野陽子 | Trackback
2019年 07月 19日

南野陽子とストレート


野球では、いくら変化球を放れても、ストレートが走ってないとダメと言われるが、この言葉から連想されたのが、南野陽子さんのストレート・ロングヘアーとストレート・ロングスカート着用時の魅力だ。

どちらか1つではダメで、この2つが揃った時に奇蹟が起こる。あたかも南野という苗字の上に、陽子という名前がトッピングされた時、最高性能を発揮するのと同じだ。


「オーソドックスが基本」というのは以前、糸井重里さんがすぎやまこういちさんとのテレビ対談で述べていたのだが、これは要するに「ゴハンが好き」ということ。チャーハンやオムライスなどの変化球ではなく、白米のご飯が美味しくなければダメ、ということらしい。お二人ともこの点で意見が一致していたのが印象的だった。

同様に日本女性の基本は和服というロングスカート・ファッションだと思うんだよね。

韓国のK‐POP歌手、例えば「少女時代」などを見ると、ものすごく肌を露出するので露出狂か?と思えるが、どーやら日本の「セーラームーン」を見て育ってるということが、オ・ソンファさんの著書によって明らかになった。

私が学生時代の頃はまだ、道徳性が幾らか生きていて、スカート丈の短い生徒は注意されていたが、最近は先生も放任、親も放任、ということで、誰も注意する人がいなくなってしまったようなのだ。

「太ももを露出すると運が落ちるぞ」とか、なにか言うべきだと思うのだが、戒律については、例の「表現の自由」とか、法の抜け穴を通して不道徳も許されてしまうのは、民族存亡の危機に立たされる前触れだと思う。

少子化というのも、もしかすると、これ以上の民族劣化を回避するために神意が働いたのかもしれない。ミニスカ世代から生まれる子供を抑制し、これから始まるロングスカート世代、正統派だけを残そうという神の配慮・・・。


「バガヴァッド・ギーター」という聖典にも、「ダルマ(道徳)の衰退により、まず婦女たちが堕落する」と章の最初に書かれていて、これはつまり性道徳の乱れにより混交カーストが起こり、ジャーティ(階級、カースト)の美徳が破壊されるということ。

古の賢者たちが定めた掟が顧みられなくなり、人類が危機に瀕するようになる、ということなのだ。

インドでは「サリー」というロング丈の正装があるが、これは日本の和服、韓国のチマチョゴリに相当する、道徳に適った服装で、不道徳性の侵入を許さないパーフェクトな着物だと思う。

まあ、和服は着用が大変そうなので、南野陽子さんが「話しかけたかった」を歌う時に着ていた「お姫様ルック」で日常を過ごすのが、現代の女性にはベストではないかな、と考えたりする。



参考資料

南野阳子 2004 nhk访谈录 中字

話しかけたかった 现场版-南野阳子-HD

NND Videos Combined - すぎやまこういちさんと糸井重里さんの対談
https://www.youtube.com/watch?v=OBeBfUKUUds

「反日」を捨てる韓国
呉 善花 (著、原著)

チマチョゴリ ウィキペディア

「糸井 ふつうの白いご飯がいちばん好きなんです。」

「バガヴァッド・ギーター」 岩波文庫
上村 勝彦 翻訳

「バガヴァン シュリ サティア サイババとの対話」
サティア サイ オーガニゼーション ジャパン刊
J・S・ヒスロップ 著 牧野 元三 監訳

「マハーバーラタ」第二巻 - 森の巻 - 三一書房
聖仙ヴェーダ ヴィヤーサ 著 山際 素男 翻訳


by saiyans | 2019-07-19 00:11 | 南野陽子 | Trackback