ラーマの日記

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2013年 10月 06日

自己の義務の遂行と運命について


神の化身クリシュナの説く「定められた行為の放擲(捨離)はよろしくない」「自己のダルマ(義務)の遂行は、不完全でも、よく遂行された他者の義務に勝る。本性によって定められた行為をすれば、人は罪に至ることはない」について考えてみた。

これは、例えばバッハ家の場合、先祖代々音楽家の家系だったから、バッハは音楽家として生きることが定められていたのだろう。従って彼が音楽に精進することは罪に当たらない。

アニメ「フランダースの犬」の主人公であるネロは牛乳運びの仕事だったが、ネロは特にこれといった職業を代々受け継いできたわけではないので、おじいさんが引退して牛乳運びの仕事を終えたら、キコリのミシェルさんの元で仕事を手伝えば問題無かったと思う。

ネロの場合、執着があるにしても絵を描くことぐらいだったが、ネロは絵に魅せられた時点で、自分に定められた行為から逸脱してしまったのだ。そして物語は事実、それを明らかにする方向に進んでいった。最終的にネロを死に導いたのは、絵のコンクールで1等を獲れなかったことによる落胆だったからだ。

碁打ちなら囲碁を幼い頃から教えるだろうし、学者なら学問・勉強が第一として子供をそのように仕込むだろう。これはその子の前世の常習からくる努力の結果を今生で刈り取らせるために、神が計らったものなのだ。「放たれた矢(願い・祈り)は、的を射当てるまで突き進む」の例え通り。

私は家族の誰かに、あれをやれ、これをやれと強制されたことはなかった。勉強、運動、趣味など、自分から選んだものといえば音楽くらいだった。ある日TVで坂本龍一さんがセンメリのテーマを弾いていて、それに感動した後、彼が表紙の「キーボード・スペシャル」という雑誌を見つけて買ったのが発端だった。

私は生まれてからこのかた、何かを強制されたことはないと言ったが、これは、「お前は何もするな。執着を作るな」という啓示だと悟った。だからブログやツイッターなども、本来は手を出すべきものではないのだと思う。

運命の流れに逆らうと人は不幸になるというのは、最近になって気がついたが、本当は人生の序盤に気づくべきことなのだ。

私は自分の星回りをホロスコープで見ることができるのだから、そのホロスコープを手に入れて解釈した時点で、本当は自分の生きる道を見定めるべきだった。第九室に月と木星が同居しているということは、霊的な人生、奉仕の人生を歩めという、神からの伝言だったのだ。私のためには無欲な人生が理想であり、そこから外れると苦しみが生じるということだ。だから、私には学問も音楽も本来必要無いものだったことになる。人生の中盤でこれに気づくというのは、まだ救われる余地がある。人がそれらに気づくのは、死ぬ数日前とか、死ぬ直前と言われているからだ。

私の場合、聖典を読む必要性から、読み書きは覚える必要があったので、学校に通ったのは一理ある。神の讃歌を歌うというのもインドでは皆やるが、私は歌で神を賛美したことはないので、そういった常習の記録が過去世に無いのだと思う。従って修行に必要としないのだから、音楽は必要無かったことになる。

神の名を唱え始めたのも2003年からで、それまでは特にヨーガ(神との合一)の技法の内のどれかをしてみようとは思わなかった。運命の取り決めとして、そのような行為が許されなかったのだろう。

サイババは、「苦しみは欲望によって生じる」と言っていたが、ブッダもアートマン(超越意識)を認識した後でやはり、欲望が原因で人は苦しみ、輪廻転生を繰り返すと言っていた。ブッダと同時代の聖者マハー・ヴィーラ(ジャイナ教の開祖)も同じ認識だった。

イエス・キリストも無所有で、この世に打ち勝つ方法を身を以て示したが、彼らが物を所持しないことを、単なる宗教家の徳目の1つに過ぎないと考えるべきじゃない。

彼らは世の模範として教える立場にいるからそれを実践しているのではなく、本当に自分がアートマンとして一切に浸透しているのを実感認識として得た体験から、無所有でいるのだ。

この無所有という在り方は、肉体意識を超越した者だけが為し得る偉業だ。

例え小さな歩みでも、様々にこの世を遍歴してみて気がついたのは、自分の本来性に合致した道を歩むことの難しさだった。

しかし、私には幼い頃に聖典やアートマンの知識、サイババなどを教えてくれる人はいなかったし、それらは後天的に知り得たものだった。インドに生まれて、生まれた直後からサイババに親しむ人たちもいることからしても、前世の私は慈善行為などに恵まれなかったのだろうなと推測できる。今生では、その報いが結果したのだろう。

日本は精神性と物質性を秤にかけた時に、どう見ても物質寄り気味なので、私の前世での基本的欲求は、物質性を帯びた願いが最優先で、その後に霊性が後をついてくるような人生だったに違いない。


参考資料

「バガヴァッド・ギーター」 岩波文庫
上村 勝彦 翻訳

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by saiyans | 2013-10-06 22:15 | 人間の霊性についての考察