ラーマの日記

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2015年 10月 25日

惑星の力は星座内の15度でピークになる


金星が獅子座の15度に近づき、月が射手座の15度に近づいた時、カシオペアの曲「Halle」の動画がゲットできた。お金も入ってきて、KORG 05R/Wも入手できた。東京 東村山市の店だったので、これは清水市代さんの出身地だから信頼できると思い、オークションで落札した。1万円の出費はキツかったが、仕方ない。

最近、急に「お父さんがケン(私)にかけていた保険が満期になるから1万円あげる」と母親に言われ、大金を入手したのだった。


05R/Wは昔から「イイ音だ」と思っていたが、聴いてみてまた惚れ直した。昔は「ピアノはこれに敵う音は無いな」とか、「ベースとパッドがイイ」と思っていたが、全部の音が素晴らしいと分かった。

機材にもやはり相性の合う、合わないがあり、私の場合は 05R/W以外では曲が作れない。ほかのMIDI音源では曲のコピーはできても、作/編曲はできなかった。その気が起こらないのだ。

昔は機材に翻弄されていた。雑誌に新発売の広告が載ると、それを目にした途端、ローンを組んでまで購入していたが、今は雑誌を読むのを止めたからか、欲望に圧倒されることがあまりなくなった。ヤフオクに出ている品々も危ないので、買うお金が無い時は見ないようにしている。

ROLAND SC-55は定価で6万円くらいしたが、あれが1台あれば、どれだけ音楽の勉強ができただろう・・・機材に振り回されて、音楽の勉強が後回しになる悲劇は、もうイヤだ。

バッハは経済観念がシッカリしていて、決して無駄使いをしなかったそうだが、こういう特質はうらやましいかぎり。

ウチも父親と弟がバッハ気質で、物もちが良く、いつまで経っても所有物が手元に残るタイプ。本なども、私はすぐに売ってしまうが、弟にあげた物は売れないので、何度も助けられている。その資料がブログを書く時に役立っているのだ。

バッハの家も子供たちは一人一人個性が違い、借金に手を出す人もいたそうだが、こうした不道徳性は過去世からの常習が表れているから、自己規律を失敗から学び、苦しみの中で身に付けるしかない。

肉体や気質の遺伝は家系に依存すると思うが、素質や志向性などは本人の前世からの執着が反映されるのだと思う。

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by saiyans | 2015-10-25 11:55 | インド占星術
2015年 10月 20日

生まれ変わりからの解放を目指す


現在のカリユガ(末法の世)では、人々の平均寿命は120年ほどとされる。1つ前のドゥヴァーパラユガでは240年。その前のトレーターユガが多分480年。最初のクリタユガでは960年。

黄金の時代であるクリタユガでは宗教や聖典が存在せず、皆が皆、宗教的に完成された生活を送っていたという。物の売買も無く、あくせく働くことも要らず、必要な物は求めただけで手に入った。人間は神そのもののように純粋で、天界と地上の往来も簡単にできていたそうだ。

それがいつの日か、人間の力に限界が見え始め、地上を這い回ることしかできなくなった。人々は欲望に取り憑かれるようになっていき、願いを叶えようと様々な犠牲供養が考案されるようになり、その冒涜的行為によって、当然のように堕落していったと。

道徳的生活は宗教的生活に至るまでの最初のステップなので、道徳を序盤に学び損ねると、天界行きは難しくなる。共産主義者(無神論者)が道徳を嫌うのは、それが宗教的理解に繋がってしまうからだ。このようにして中国は現在の地位にまで堕落したのだ。


不思議だが、インド占星術のダシャー年数も120年なのだ。これはカリユガ専用のマハー・ダシャーであり、ドゥパーパラユガでは240年だったのかもしれない。

将棋でも、初手から終局までの平均手数は120手ぐらいで、巧く指せば長生きできる。序盤で躓くと短手数で終わる。序盤で戦略的に駒を前に進められれば、面白い中盤が待っている。

平均手数120手と、カリユガの平均寿命120年、マハー・ダシャーも120年・・・似ている。

私は詰将棋が苦手だが、これは人生の終盤を早くも暗示している。おそらく大駒を愛し、何もかも捨て切って神の前に立つという理想には届くまい。「王より飛車を可愛がり」というタイプだ。その大駒とは、女と金という雲霧だ。幾転生もそれに執着して生きたために、それらが本物だと思い込んでいるのだ。

欲望に振り回されるようになると、天界と地上の行き来が難しくなるというなら、持ち駒はゼロが理想だが、これには本物の信仰が必要になる。

ラーマクリシュナ・パラマハンサは言う。
「ダルマの道は誠に厳しい。欲望が1つでもあると神に届くことはできない。針に糸を通すのに、ケバが1つでもあったらダメだ」

イエスは弟子に対して言う。
「あなた方は旅のために、何も持って行ってはならない.杖も、袋も、パンも、金銭も、下着も二枚は持ってはならない」

サティア・サイババの言葉。
「ヒマラヤに住む本当の聖者たちは自分の肉体の面倒を見ることができない。面倒を見ているのは神なのです」

「完全な信仰?確かに、それは可能です。信仰が完全ならば、その瞬間に神の恩寵が与えられる。銃声と発砲が同時に起こるのと同じです」

「神は、人生を神に捧げ切った者のみを守る」

「代数では未知数としてXという記号が使われる。その数が判明すれば、最終的に記号Xは方程式から消えてしまう。それと同じく、神は未知数Xであり、あなた方が発見しなければならない存在なのだ」


イエスは何も所有しなかったが、これは、自分の必要とする物をゼロにすることを学んだ結果、自分の意思が、神の意志に転化されるのを目撃したからだ。有り得ないことが起こったり、不可能なことをし続けるようになったことで、神に到達したと確信したのだ。

パラマハンサ・ヨガナンダの場合も、師匠が「何も持たなければ神は守ってくれる」と言うのを信じて、何も持たずに手ぶらで旅に出たところ、いきなり、ある紳士が近づいてきて大金を渡されたことがあると自著の中に書いていた。

イエスの時代にも、修行に身を投じる者はいたから、彼はその人たちの奇跡を目撃したのだと思う。空海も修験者の誰かと知り合いになり、その力を目にしたのかもしれない。子供は周りの大人の行為から学ぶため、もし、人生の初期に本物の修行者と縁があったら、その人は祝福されている。


クリシュナの奇跡を目にしたパーンドゥの五兄弟は信仰を強化できたが、これは現代のサイババを見ることでも強化されるだろう。空海の時代にも、空海を見ることで信仰を強化した武将たちや衆生は沢山いた。彼らもやはり、聖(ひじり)という者の行為を目撃したのだ。空海が相手に触れることで病が治ったり、困難が取り除かれる様を沢山見たのだ。

パーンドゥの五兄弟は森での生活が13年だったが、この時に五感の欲望を遠ざけることができたから、クリシュナ(アートマン)が五感の御者になり、大勢の悪(心の欲望)を打ち負かすことができた。盲目の父、ドリタラーシュトラから生まれた百人の悪子と、性欲を御したパーンドゥ王から生まれた清浄な五感(五兄弟)。目に見える兵器群を取ったドゥルヨーダナたちと、目に見えないアートマンを取ったパーンドゥの五兄弟。現代でも続く、マーヤー(幻)に支配される者と、されない者の違いが、約5400年前にも存在した。


「阿弥陀仏はその手より無限の宝を出す」と真宗聖典の大無量寿経に書かれているが、これはイエス・キリストもそうだった。籠の中の食べ物を手に取ると、天を見上げて祝福し、それをちぎって5千人に配ったりしていた。サイババも様々な宝石を物質化して帰依者に与えていた。

イエスはヒマラヤで、1人で修行している日々をどうやって生きたのか?多分、物質化自体はヴァシシュタ・アドワイタ(条件付き不二一元論)の状態でも可能なのだ。だから何も持たずにヒマラヤで修行できた。

イエスなどはインドに生まれるに相応しい魂が中東のベツレヘムに生まれた例だった。空海はそのような魂が日本に生まれた例だろう。彼らの生涯を学んでいると、早期に聖典の教えを受け、それに基づいた修行体験を経験しておくことが重要だと分かる。生まれる家も、両親ともに信心深いのがベスト。


菩薩の中でも摩訶薩(偉大な菩薩)と言われる上位の菩薩がいるが、これはカーストについても言えるだろう。現代のマハー・ヴァイシャ(偉大な商人)は沢山の施しをするビル・ゲイツや、役員報酬ゼロで働いた、目覚めた商人、スティーブ・ジョブズがこれに当たる。日本にも孫正義さんがいる。

彼らはインドに生まれるべき魂が、アメリカや日本に生まれた例だったのだ。

「神を得ることができれば、神の目が開く」とサイババは言っていたが、まず視覚、聴覚という障害物があるのだから、霊視などできるワケがない。道は長い。



参考文献

「バガヴァタ・バヒニ」―クリシュナの奇跡― 蝸牛社
サティア・サイババ 著
若林 千鶴子 訳

「サイラムニュースNo153」2013年11・12月号
サティア・サイ出版協会

「バガヴァン シュリ サティア・サイババとの対話」
J・S・ヒスロップ 著
牧野 元三 監訳
サティア サイ オーガニゼーション ジャパン刊

「マハーバーラタ」第二巻 -森の巻- 三一書房
聖仙ヴェーダ ヴィヤーサ 著
山際 素男 翻訳

「あるヨギの自叙伝」 森北出版
パラマハンサ・ヨガナンダ 著

「不滅の言葉」(コタムリト) 中公文庫
田中 嫺玉 著

「真宗聖典」 東本願寺出版部

「新世界訳聖書」 ものみの塔

「呪術の体験」 分離したリアリティー 二見書房
カルロス・カスタネダ 著
真崎 義博 翻訳

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by saiyans | 2015-10-20 13:08 | 人間の霊性についての考察