ラーマの日記

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2015年 11月 27日

将棋のレーティングについて


丸山忠久さんは米長邦雄さんの自宅で開かれていた研究会で

「10秒将棋をやっていると将棋がおかしくなります。せめて30秒将棋にしてください」と米長さんに進言していたそうだ。

羽生善治さんもそれに対し、「私も同意見です。手が荒れると思いますけど」と答えていた。

佐藤康光、森内俊之、羽生善治の島研組は、ブログやツイッターをやっていない。渡辺明さんはブログはやるが、ツイッターはやらない。里見香奈さんもタイトルを獲るようになってからブログを止めている。

瀬川晶司さんは現在、五段昇段で頭打ちになってしまっている。ツイッターのやり過ぎが原因だと思う。「プロになりたいです」と連盟に申し入れるのではなく、「名人になりたいです」と宣言しておけばよかったのだ。谷川浩司さんも小学校の卒業文集に「将棋名人だ」と宣言しており、野球のイチローもプロになると書いていた。瀬川さんは卒業文集に「将棋のプロになる」と書いた後、「その道は厳しい」とも書いてしまったため、事実、プロ入りまでの道のりが苦しくなってしまっていた。小学校時代はまだ心が純粋なため、祈りが神に届き易い。限りなくポジティブな願いを書かないといけない。

私がブログ(日記)を書くのは、書く時間があるからだが、トップ・プロたちには無いのだ。以前はツイッターもやっていたが、明らかにエネルギーがそっちに行ってしまい、ほかの仕事に支障が出ていたため、2014年2月いっぱいで止めた。


「将棋クラブ24」の対局は1手30秒とすると、手が荒れる可能性がある。つまり羽生さんはあまりやっていないと思う。里見香奈さんはネットで指すことはあっても、レーティングが自分と同じくらいか、上の人と指すようにしていると言っていた。将棋の勉強は大山康晴さんの棋譜を並べているそうだが、大山さんは、遠回りに指しているように見えても、いつの間にか全ての駒を働かせているという特技の持ち主だったので、素晴らしい大局観の養成に有効だと思う。


2007年当時、将棋ソフト「Bonanza3.0」は仮想レーティングが2800点と言われていた。

「Bonanza4.1.3」はそれから2年後に発表されたが、評価関数の調整に用いられたCPUは3.1Ghzの8コアだった。この頃の保木邦仁さんは専用マシンを協賛会社から供給されているとは言っても、まだプライベーターのような位置付けで、持参したマシンも「ワークス仕様」とは言えなかった。でも、この時点で「4.1.3」は2900点くらいのレーティングだったのは間違いない。その後2011年に発表された「Bonanza6.0」はレーティングが3000点越えだったが、「4.1.3」と10戦して「6.0」の7勝3敗だった。

2900点と3000点では100点しか違わないが、これだけで通算勝率には差が出るのだ。羽生さんがタイトル戦にいつも君臨しているのは、レーティング3000点台の実力を維持する工夫努力をキープしているためだろう。それかレーティングの値というのは1度獲得すると50代くらいまで変わらない財産になるのかもしれない。普通の奨励会員が10時間勉強するところを12時間~16時間やっていたとか、人間の吸収力が停止する30歳までに、勉強できるだけ勉強してきたのだ。おそらく30歳までは根っ子から吸収できるのが、それを超えると枝葉に水をやるような一時的吸収に変わる。若い時間を無駄にしてはいけないと言われるのは、このことを指しているのだ。渡辺明さんが羽生さんとの初めてのタイトル戦後に猛然と勉強に取り組んだその時間というのは、奨励会員の平均勉強時間を超える凄まじい努力精進だったに違いない。それによって一生の財産足るレーティング3000点台の棋力を手に入れたのだ。

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Bonanza3.0は保木さんのサイトからのダウンロード版だと1コアのみの限定仕様だが、マグノリア社から発売されていたBonanza3.0は8コアに対応していた。

説明書には「4コアまで対応します」と書かれていたが、実際には8コアまでだった。

当時 私が所有していたノートPCはメモリ768MBのシングルコア・1.3Ghzで、Bonanzaの真価を発揮できないでいたため、近くのKs電気まで出かけて行ってCorei7搭載パソコンに「Bonanza3.0」をインストールさせてもらい、コア数を決めるプルダウン・メニューを押したら、8コアまで出ていた。対局させてタスクマネージャーを開いたら、8コアが全開で稼働していた。石丸電気の店員さんにもお願いして、Corei3搭載パソコンにインストールさせてもらい、その強さを堪能していた。

その後自作PCを組んで対局させたところ、「3.0」対「6.0」では、これは手合い違いで、10戦やって「6.0」の全勝。この時はAMDのA6-3670・2.7Ghz・4コアCPUだったが、角落ちでも「3.0」は「6.0」に勝てなかった。飛車落ちでも負けたりしていた。2800点と3000点では200点違うが、これだけでこの結果だった。

奨励会三段のレーティングは大体2700点台と言われているが、これはプロになりたての新四段と大して変わらないそうだ。しかしプロは公式戦で5時間ほどの対局時間を与えられるため、その読みの蓄積が三段との差になって現われるのだろう。

じわじわと現れ出すのが詰将棋集「図巧」「無双」に取り組んだという経験だと思う。佐藤天彦さんがあの若さで八段に昇段できたり、タイトル戦で羽生さんと渡り合えたのも、江戸時代の先人たちが残してくれた詰将棋の至宝があったからこそなのだ。

その中の「寿」という作品に至っては611手詰という長手数なため、思わず尻込みしてしまうが、羽生さんや森内さんたちトップ・プロはこれに取り組んでいた。「寿」は途中で繰り返しの箇所もあるので、それほど難解ではありません、と森内さんは言っていた。


十六世名人の中原誠さんによると

「私の経験では、若い頃はハッキリと鮮明に見えていた頭の中の映像が、薄暗くなってきて、次第にぼんやりとしか見えなくなってきました。45歳から50歳くらいにそういう部分での衰えというのが、感じられたような気がします」 ということだった。


羽生さんは今45歳だから、記憶力が鮮明な若手世代に負けだす年頃なのに、未だにトップを維持している。清水市代さんは46歳だが、既に若手の里見香奈さんたちにタイトルを奪われており、中原さんの言葉を裏付ける結果となっている。

羽生さんは他のプロ棋士たちと何が違うのだろうか?羽生さんは以前、大山康晴さんと実際に対局してみた印象を、手を読んでいないように見えても、ちゃんと急所に手が行っている。まさに職人芸だった、というようなことを言っていたが、自分自身がもう職人芸の域にいるのだと思う。

羽生さんは一般棋戦での対局以外に、タイトル戦も多くこなすため、これが下位クラスの棋士たちとの差になっているのだ。

名人戦や竜王戦の持ち時間8時間、9時間の対局が、あたかも奨励会三段と新四段の差のように、下位棋士たちとの差になっているのだ。大山康晴さん、中原誠さん共にタイトル戦経験が多く、その中で得た経験値が、1手でも深く読んだ方が勝つというギリギリの経験を経た者だけが持つ輝きというのが、厳然と存在しているのだ。

現在まで、過去の年間勝率トップは中原誠さんの8割5分5厘で、これは羽生さんをもってしても破られていない。中原さんは対局の際の心構えとして、昔お父さんに教えられたことが記憶に残っていると言っていた。

それは

「まこ、負けた時にくやしいのは相手が人間だと思うからだ。自分は将棋の神様に教えてもらっているんだと思いなさい」というものだった。


7冠達成以降、羽生さんは2700点台のC級2組に対して、2009年時点で40勝4敗。6組には13勝1敗と勝ち越しており、これはレーティングの差が出ていると思う。

大山康晴さんは1000勝達成時の通算勝率が6割8分7厘。

対して羽生さんは1000勝達成時の通算勝率7割2分8厘。


大山さんと羽生さんはどちらも永世名人で、2人の内どちらの棋譜を並べようかと迷うが、「良い将棋は時代を超える」ということで、どちらも並べるのが良いと思う。

インド占星術ソフトで2人の木星期を確認し、その時期に指された将棋に特化して並べるのもいいかもしれない。この時期は木星による運の後押しもあって、誰がやっても勝てなかったはずだ。でも、大山さんと羽生さんの正確な誕生時刻が分からないので、アセンダント(生まれた時に東の地平線上に見えた星座)を特定するのは無理かな。


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by saiyans | 2015-11-27 14:34 | 将棋
2015年 11月 02日

学習年数と実力の不一致に悩む


音楽をレコード・プレーヤーで聴き始めたのは4歳頃だったが、当時は「ウルトラマン」の音楽を繰り返し聴いていた。

人間は、受胎の瞬間から意識は成長を始めるとドンファンは言っていたが、母胎の中に居る約1年と、0歳~5歳までの計7年で、これが絶対音感習得の限界期間と言われる。それ以後は明らかに世俗への下降により周波数が下がり、純粋に(絶対的に)吸収することが難しくなっていく。

7年後の6歳~12歳は2倍の努力が必要になるだろう。

13歳~19歳の7年では3倍の努力が必要。

私は今43歳なので、幼児の7倍努力しないと吸収できないのか・・・。

心の純粋さがあれば、神の如き吸収力で学ぶことができ、不純になればなるほど、人間的努力が必要になる。


将棋を始めて10年目ということは、実力がアマ四段程度になっていなければオカシイ。勉強法が間違っているのだ。浄性が優勢な時間(午前4時~午前8時と午後4時~午後8時)に学んでいない。ラジャス(激性)が優勢な午前8時~午後4時にさえ学んでいない。その時間は外で読書したり、神社巡りや、ゴミ拾いなどをしている。

音楽もYAMAHAのミニ・キーボードを弾きだしたのは16歳頃だから、オーケストラを作れるようになっていないとオカシイ。

勉強方法が間違っている。

すぎやまこういちさんは竹針の蓄音機でベートーベンの交響曲6番をスコア見ながら聴いていたというから、このやり方で音楽的大局観を身に付けたのは間違いない。

羽生善治さんや森内俊之さんたちは棋譜並べや江戸時代の詰将棋集で学習していて、アナログな勉強法であそこまで到達している。

バッハやベートーベンもアナログな勉強方法だった。コンピュータが無い状態の方が将棋や音楽の大局観は上がるのかも。脳を最大限まで活動させることができるかもしれない。将棋盤と駒と棋譜。とてもシンプルだ。音楽の場合はMP3プレーヤーで音を聴きながら譜面の音符や休符を目で追うのが、上達のためには良いかもしれない。


現在はまだ金星の余波が残っていて、「ベートーベンの生涯」(みすず書房)を20円でゲットできた。その中の記述では、ベートーベン自身、インドの聖典「バガヴァッド・ギーター」を読んでいたことが分かった。バッハもそうだが、信仰と仕事が合致すると縁起がいいのだ。仕事が解脱のための努力になるから。

次の日はYMOの3人が夢に出て来て、細野晴臣さんと音楽の学習について話すことができた。

将棋の学習も、棋譜をプリント・アウトして棋譜並べするしかない。「棋力」というのは将棋センスの体得だと思うが、これが私には無いのだ。例えば「盤面全体を見渡して、各駒の連携で技を決める」ことや、「寄せを鮮やかに決める」などができない。これは音楽で言えば、作っても誰も聴いてくれない音楽を作っているのと同じであり、誰も見てくれない絵を描いていることと同じだ。他者が見ていて「ウマイ」と思わせるような将棋を指すことができないのだ。

ベートーベンの音楽自体は聴き込んでいないため、「この音はあそこの音だ」と、音と音符を対応させられないのがマズイので、これから聴き込む予定。

すぎやまこういちさんのように「交響曲6番を聴きながらスコアも見て学習」というのをやってみたかったので、ベートーベンのスコアを検索してみると、フル・スコアがPDFで無料ダウンロードできるではないか!

ペトルッチ楽譜ライブラリー
http://imslp.org/index.php?itle=Category:Beethoven%2C%20Ludwig%20van&from=N

早速ダウンロードして拝見すると、五線が微妙にヨレていたりしたので、パソコンで清書したものを作ることにした。

レコンポーザというシーケンサーはVer2.3までは楽譜プリント機能があったが、Ver3.0ではプリント機能が削られたので、とても残念だった。

楽譜データを1から打ち込むのは酷なので、既にできているSMFデータを楽譜に変換してプリント・アウトできるソフトは無いかなと探していたら、「finale(フィナーレ)」という楽譜作成ソフトを見つけた。KAWAI製の「スコアメーカー10 Pro」というのもあったが、Windows XPには対応していないので諦めた。

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↑「finale」

http://www.finalemusic.jp/products/finale/

SMFデータを「finale」にドラッグしただけで、あっという間にオーケストラ・スコアのできあがり。もう、驚愕するしかない。30日間は無料で体験版を使うことができ、それ以後は購入してライセンスを得ないと使用不可能になる。1ライセンスで2台までのパソコンにインストールOKとか、サービス満点なのも二重丸。6万円(最安は5万7千円)は高価だが、それだけの価値がある。吉本隆さんは大河ドラマ「平清盛」の音楽を、「finale」で作ったそうだ。

すぎやまこういちさんは交響曲「田園」のスコアを手に入れるのも、戦後の焼け野原でやっとこだった。当時お父さんが、焼け残った我が家の反物を持って、荻窪の駅前にあったレコード屋さんに行き、物々交換でベートーベンの6番、7番のスコアを手に入れてきてくれたそうだ。「田園」のレコードを掛けながら、コントラバスのパートなどを声で一緒に歌う、という勉強法だったそうだ。

元々、楽譜の読み書き自体は、父母と声で三部合唱している内に、自然に覚えたそうだが、オーケストラの骨組みを本格的に染み込ますことができたのは、ベートーベンとの出会いが決定打だった。

それにしても、私に子供がいると仮定して、今すぐにスコアを手渡せる状態にいる自分というのは、幸運過ぎる。いないからやれないだけで。その子が3歳だったら「間に合う」わけだ。絶対音感の体得も、音楽センスの醸成も。私のような「手遅れ」タイプには想像もできない。


私はこれからMP3プレーヤーと、プリント・アウトしたスコアを片手に、「田園」の音を聴きながら、音符を目で追いつつ聴き込む。それ以外に音楽的大局観の体得、音楽的評価関数の脳内調整と最適化は不可能だと思っている。

どうせ三日坊主だろうが・・・。


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by saiyans | 2015-11-02 15:36 | 音楽