ラーマの日記

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2016年 09月 03日

将棋と音楽の具体的な学習方法


将棋の学習法の1つである”棋譜並べ”では、何も駒が無い場所(升目)に駒を置いて並べる。視覚と触覚による情報入力だ。

音楽の場合も、楽譜を見ながら、それをピアノで弾きつつ、音を置いて”並べる”。また、何も音符が無い場所(空の五線紙上)に音符と休符を置いて並べる。視覚、聴覚、触覚による情報入力。

バッハの曲も、全ての曲が名曲とは思えないので、まずはバッハの楽譜(MIDIデータ)を選別する。


私的には、幼児の幼稚園通いは必要無いと思っている。タレントのタモリさんは幼稚園に通園したことが無いそうだ。女優の山本未来さんは逆に幼稚園だけ行って、その後の義務教育課程は受けていないらしい。これは父親の山本寛斎さんの教育方針だという。

ベートーベンは小学校を卒業していないが、そのことで後世の嘲りを受けるようなことはない。それどころかアメリカのバークリー音楽大学だろうが日本の芸大だろうが、ベートーベンの楽典がテスト問題になっているのだ。天才は学校を必要とせず、凡才は必要とするのだと思う。”楽聖”と呼ばれていることからも分かるように、自分の仕事を聖なる祭祀として行い、その結果は神に捧げるという境地に達している以上、これはもうインドのヨギ(ヨーガ行者)と変わらない。ベートーベンは音楽という仕事で、自分の生を神聖なものに変えたのだ。

人の最終目標は心を清めて天の王国に入ること(解脱すること)なので、神への愛さえあれば充分なのだ。神が求めているのはバクタ(信者)ではなく、バクティ(神への信愛)なのだとサイババは言っていた。


以前、高校には行かずに、その3年間は家で勉強して、東大を受験して合格した子供の一家がテレビで紹介されていたが、「勇気あるなー」と思った。その家の親御さんにとっては、高校での体育や文化祭や修学旅行などといったものは、我が子のコヒーレント性を奪うだけのものなのだ。だが、子供にそれだけの「冒険」をさせるには、親自身も充分なパーソナル・パワー(個人の力)を持っていなければならない。「こうすれば行ける(受かる)」という学習メソッドも出来上がっている必要がある。

元々、高校に行くこと自体は義務ではないのだが、なんとなく行かされてしまう。誰もそのことに疑問を持たない。世の中、自分の技能を仕事にして通用すればOKなのに、「技能獲得よりも学校の勉強が大事」という、変な社会通念がある。これは私たち、間違いに気付いた世代が改善していかないといけない。


バッハは聖書を愛読していたから、イエズス会系、ミッション系の幼稚園には行っておくと良いと思う。祈りも初期に身に付くし、祈りが楽曲という形で昇華されて出来たのがバッハやベートーベンの作品だろうから、早期に”絶対神感”を体得しておけば、バッハたちの言わんとする聖歌のエッセンスを感覚的に理解できるだろう。


トップ・プロ棋士同士の棋譜に「次の一手」や「詰将棋」が含まれているように、バッハの音符を”並べる”ことに、絶対音感、聴音、ソルフェージュの体得も含まれているはずだ。


将棋棋士の藤井猛 九段は以前、こう述べていた。

「大山(康晴)先生と中原(誠)先生の全盛期時代の棋譜を並べてから実戦を指すと、それを手が覚えてて、いい将棋を指せるんですよ」

音楽家も、曲を作る前や、演奏する前にバッハの曲を弾いておくと、それを頭と体が覚えてて、いい曲が作れたり、いい演奏ができると思う。

藤井九段は、「並べない時は全然、いい手が浮かばなくてね」とも言っていた。相対将棋感や相対音感の人は、上手の棋譜や楽譜を並べて脳内評価値を調整してからでないと、正しい感覚からズレてしまうのだ。多分。

それと、学習の途中で一度眠ってしまうと、イメージが繋がらないかもしれない。つまり、脳内で最適化されない・・・。一局並べる時は、目覚めている時に一気にやるのが良いと思う。将棋ソフト「ボナンザ」も機械学習をさせる時は、途中で止めたりせず、ぶっ通しでやっているようだった。

目で見てるだけでは絵は巧くならないが、将棋と音楽も見たり聴いたりしているだけではダメなのだ。コピー(巧い人のを真似る)しないと。

我が子に音楽と将棋を教える際の学習メソッドの確立が必要だ。

まず、自分の奥さんには母胎内の赤子のためにバッハを聴き続けてもらう。胎教だ。霊性のグル(導師)であるドンファンは、「受胎の瞬間から意識の成長は始まる」と言っていたので、母胎内に居る十月十日はバッハだけ聴いてもらう。それとサティア・サイババの本を熟読してもらう。法華経も毎日読んでもらう。食事は肉食を避けてもらい、テレビ、ラジオ、ネットは見ないでもらう。

赤子が生まれたら、目が開くと同時にサティア・サイババの写真を見せ、次にピアノの鍵盤に触れさせる。次に将棋駒。

2歳で将棋のルールを教えた後は、ひたすらBonanza6.0同士の10秒将棋を見せ続ける。
Bonanzaが一手指すごとに、目の前の将棋盤上の駒を移動するように教え、身に染み込ませる。Bonanza6.0以外は一切見せない。Bonanzaは入玉将棋が苦手なので、そういう将棋になったら、もう一度初手からやり直す。

渡辺明さんの2007年当時の話によると、BonanzaVer2.1(あるいはVer3.0)は、「10秒将棋であっても、70%~80%の力は出してくる」ということだった。Ver6.0はVer3.0の半分くらいしか手を読まなくてもVer3.0を負かすので、10秒あれば100%の力を出せるはずだ。

音楽の場合は「レコンポーザ/ 98 Ver3.0」でバッハの演奏データを見せ続け、それをMIDI鍵盤で弾かせつつ、音符・休符などを五線紙に書き写させる。バッハ以外は一切聴かせない。視覚、聴覚、触覚を動員して覚えさせる。体得だ。それと、信仰、音楽、将棋以外に子供の知性が分裂しないように気を付ける。

「レコンポーザ」の演奏画面で左側の数値データを紙で隠し、音符と実際の音を対応させられるようにする。またはタスクマネージャのWindowで隠してもいい。

ラーマクリシュナ・パラマハンサは、「幼い頃は算術が苦手で参ったよ」と言っていたが、ブラーミン(僧侶)は計算高いと純粋性を失い、祭祀に相応しくなくなるため、少年時代は計算は教えない方が良いのだと思う。 「幼少期に寺子屋に行っただけだった」とラーマクリシュナの伝記には書かれているが、だから純粋性と敬虔さが維持されて、イエスのように神を実現できたのだ。「行っただけ」の「だけ」とは、あくまでも世俗性から見た時の見解であり、霊的な職務遂行のためには必須条件ではない。と言っても自分の子供はブラーミンではないにせよ、5歳まで、できれば12歳までは純粋性を維持させたい。13歳になったら、四則の計算くらいは教えてもいいかもしれない。

現代の情報化社会では、レコード会社に実力を認められなくても、個人で楽曲を制作してAmazonなどで売れるので、彼または彼女が作った曲は親がネットにアップしてあげて、売上に応じた報酬を通帳に振り込まれるようにしてあげればいい。プロモーションにはYouTubeを活用し、1曲1分ほど試聴できるようにして、気に入ってもらえたらダウンロード購入してもらう。


天野宗歩は二人居なかったので、「宗歩 対 宗歩」の対局は不可能だったが、Bonanzaは宗歩の棋譜も精緻に学習している。序盤の定跡はパーフェクトに記憶しており、中盤も強く、寄せも鋭い。将棋はコンピュータ+将棋ソフトが教師になれるのだ。音楽はレコンポーザとバッハのMIDIデータが教師になる。

日本語会話や英会話の早期学習のように、感覚的に覚えてしまうと楽だ。言わば将棋語と音楽語のバイリンガル。特に音楽は世界の共通語なので、学んでおくと将来有利だ。

左脳と右脳がバランスよく発達するように、1日目は右手で駒を並べて、次の日は左手で並べるといいかもしれない。左脳は右半身と繋がっていて、右脳は左半身と繋がっているそうだ。

音楽のレッスン内容としては・・・

各12音階で「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」を単音で弾かせる。何度も反復して、おさらいさせる。

次はトライアド(3和音)で各12音階をド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド反復練習。

次は7th(4和音)を各12音階でド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド

次は9th(5和音)の各12音階でド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド

そして、「これなーんだ?」と音だけ空間に放ってみて、ピアノで正確に再現できたら、絶対音感体得・・・のはず。


以下、コナミのビデオ・ゲーム「沙羅曼蛇」のBGM担当だった東野美紀さんのインタビュー記事を紹介したい。早期音楽教育のノウハウとヒントが隠されているのだ。

「私の音楽的バックボーンを作ったのは、父親の趣味であるクラシック音楽だったり、6年間通ったミッション・スクールの教会音楽だったと、今なら言えますね。」

「初めて作曲したのは幼稚園の頃で、短い歌。楽譜も残っています。ピアノだけでなく、ソルフェージュや聴音も習っていました。小学生の時には作曲塾のようなものに通っていました。どういうレッスンだったかというと、ある曲を「ショパン風やベートーベン風に即興でアレンジして弾きなさい」と言われたり、クラスターで(いっせいに)音を鳴らして聴音する、など。今思うとマニアックな先生でした。」


すぎやまこういちさんと坂本龍一さんは幼少期にベートーベンのスコアを学習して自分の音楽的脳内評価関数(音楽的大局観)を調整・最適化している。幼い頃、まだ心が純粋な内に、身に染み込ませたから、その高い評価値というフィルターを通して、インスピレーションが外部出力されるのだ。ベートーベン自身もバッハ・フィルターを通していたから、あそこまでの音楽を出力できたのだと思う。

「父親(神)は、面倒をみていることを子供に気づかせないものです」とサイババは言っていたが、バッハ(音楽の父)も、面倒をみていることを子供(学習者)に気づかせないのだ。



参考文献

「ボナンザ VS 勝負脳 ― 最強将棋ソフトは人間を超えるか」(角川 one テーマ21)
渡辺明 著 保木邦仁 著

雑誌 「ゲーム・サイド」 ゲーム 作曲家インタビュー第20回 東野美紀


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by saiyans | 2016-09-03 11:54 | 将棋